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岡山地方裁判所 昭和61年(ワ)568号 判決

原告 佐々木斉

被告 国 ほか一名

代理人 原伸太郎 吉川愼一 貝越正秋 石田盡一 北村勲 小坂田英一

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して、金一〇万円及びこれに対する昭和六一年八月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  主文と同旨

2  仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、岡山弁護士会所属の弁護士であり、被疑者佐藤和弘(以下「被疑者」という。)から、同人の売春防止法違反被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)の弁護人に選任された者である。

(二) 被告国は、岡山地方検察庁の検察官検事牛江史彦(以下「牛江検事」という。)をして本件被疑事件の捜査及び被疑者の勾留に係る職務を遂行させ、被告国の公権力の行使に当たらせていた。

(三) 被告岡山県は、岡山東警察署(以下「東署」という。)の司法警察員警部補中浜高義(警務課管理係長、以下「中浜警部補」という。)をして東署の留置場(以下「本件留置場」という。)の看守監督の責任者としての職務を遂行させ、被告岡山県の公権力の行使に当たらせていた。

2  事実経過

(一) 本件接見妨害の経過

(1) 被疑者は、昭和六一年一月二三日から本件被疑事件により本件留置場に勾留された。

(2) 原告は、被疑者から弁護人となるよう依頼を受けていたところ、被疑者の知人から、被疑者と接見するよう要請されたので、同月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴き、中浜警部補に対し、被疑者と直ちに接見させるよう申し入れた。当時、被疑者は在房しており、何らの取調べも行われていなかったにもかかわらず、中浜警部補は、当初は一般的指定がされていることを理由に、後には接見禁止決定がされていることを理由に、原告の被疑者との接見を認めず、防犯課又は岡山地方検察庁と連絡を取り始めた。原告は約一五分間待たされたが、その間、原告の目の前で、被疑者が本件留置場から東署内の取調室に連行されて行った。その際、被疑者は原告に対し、早く面会して欲しいと要請した。その約一〇分後、中浜警部補は原告に対し、被疑者との接見につき牛江検事に電話で了解を得て欲しい旨申し出た。そこで、原告は、電話で牛江検事と、直ちに接見させるよう交渉したところ、牛江検事は、「現在既に被疑者の取調べが開始されており、捜査の必要上、接見させるわけにはいかない。接見の日時を別に指定するので申し出られたい。」旨述べ、原告が直ちに被疑者と接見することを拒否した(本件第一次接見妨害)。

(3) そこで、原告は、やむを得ず牛江検事から同日午後四時の接見指定を受け、その頃、被疑者と接見し、被疑者から弁護人に選任された。なお、中浜警部補は、右接見の際、原告が接見指定書を持参しなかったにもかかわらず、被疑者との接見を認めたが、後日、牛江検事から右接見に係る具体的指定書が送られたので、中浜警部補が必要事項を記入し、署名押印してこれを牛江検事に送り返した。

(4) 原告は、同年二月五日午前八時三〇分頃、東署において、中浜警部補に対し、被疑者と直ちに接見させるよう申し入れた。ところが、中浜警部補は、東署の防犯課防犯係長宮口昌宏警部補(以下「宮口係長」という。)に右接見を許してよいか否かを問い合わせ、宮口係長から、牛江検事から同日午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間に限り接見を認める旨の接見指定が出ているとの回答を得たことから、中浜警部補は、右時刻が到来するまでは接見できないとして、原告の右申入れを拒否した(本件第二次接見妨害)。

ところで、本件第二次接見妨害の行われた前日である同月四日午後三時三〇分頃、原告は牛江検事に対し、事務連絡のため電話で、「明日午前九時三〇分頃に、少なくとも三〇分間接見する。」旨伝えたところ、牛江検事は、原告に対し、「前回は接見指定書を受取に来ると約束したのに来なかった。今回は指定書を取りに来るのか。」と質問した。そこで原告は、「接見指定書を受け取ると約束したことはない。また、取りに行く義務もない。指定書を取りに行かないことで接見を拒否されるのならば、準抗告をするつもりである。」旨答えたところ、牛江検事は原告に対し、「それはお好きなように。指定書がなければ接見できない。」と言い、原告に対して何ら接見時間等の指定をしなかった。ところが、牛江検事は、同日午後五時頃、宮口係長に対し、「もし弁護人が接見に来たら、午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間の接見にしてくれ。」との指示をしていた。原告は、牛江検事に対する前記事務連絡の際には、同月五日午前九時三〇分頃に接見するつもりであったが、その際、牛江検事から具体的指定書を持参しなければ接見させないと言われていたうえ、具体的指定書の持参の要否をめぐる牛江検事との対立のために、結局、接見時間の指定がされておらず、しかも原告が申し出た時間帯に接見に出向いたならば、本件第一次接見妨害のように、原告の接見妨害を目的としてわざわざ右の時刻頃を選んで取調べを行い、接見拒否処分をする可能性があったことから、右時間帯を避け、取調べの行われていない可能性が高い同日午前八時三〇分頃に接見に赴いた。

(5) ところで、本件第二次接見妨害の際、被疑者に対する取調べは行われておらず、それどころか、被疑者は、中浜警部補とは別の係員によって接見室に入れられ、原告と接見するために待機していた。中浜警部補は、本件第二次接見妨害の際、原告に対し、本件接見を認めなかった理由につき、「被疑者の身柄は既に牛江検事が管理しているので、牛江検事が決めた時間以外に接見さすことができないということだ。」とか、「接見禁止の裁判のされている事件については、すべて検事からの接見指定がされない限り、弁護士と接見させてはならないと検察官から指示されている。」等と説明した。

(二) その後の経過

(1) 原告は、同日、本件第二次接見妨害に対し、当該接見拒否の取消等を求めて当裁判所に準抗告の申立てをした。その翌日の同月六日午前中に牛江検事の上席検察官(三席)である宮越健次検事(以下「宮越検事」という。)は原告に対し、電話を入れるように連絡してきた。そこで、原告が、宮越検事に電話したところ、同検事は、「本件は一般的指定もしていないし、具体的指定権を後で発動することも考えていなかった事件である。被疑者にはいつでも自由に会ってもらってよい。具体的指定権の発動をする意思のない事件だから、具体的指定書の受領、持参を要求することのない事件である。仮に、具体的な指定をする場合であっても、初回接見の場合には、その場で直ちに接見してもよいと口頭により指定する。」と述べ、更に、「牛江君の方に誤解があった。」「主任検事(牛江検事)の認識というか言い方に非常に問題があった。」等と述べ、原告に対し、自由に接見していいので準抗告申立ての取下げをして欲しいと求めたが、原告はこれを断った。その後、右準抗告に対する検察官の意見が当裁判所に提出された。

(2) 同月七日、当裁判所は、右準抗告申立てにつき、これを棄却する旨の決定をした。その後、原告は、前記の初回接見以来九日目の同月八日に第二回目の接見をし、更に、同月一〇日、一二日、二二日、二七日にもそれぞれ接見をしたが、これらの接見については、いずれも妨害はなく、その場で直ちに実現した。特に、同月一〇日の接見については、取調べを中断して接見を認めた。

3  接見交通権の侵害について

(一) 接見交通権保障の意味

(1) 直ちに弁護人に依頼する権利とは直ちに接見する権利であることについて

憲法三一条の適正手続の保障を具体化した同法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されないと規定し、刑事訴訟法三九条一項は、右権利を更に具体化し、身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人となろうとする者と立会人なしに接見し、書類若しくは物の授受をすることができる旨規定している。そして、憲法三四条前段の保障する「直ちに弁護人に依頼する権利」とは、単に弁護人を選任する権利を意味するものではなく、拘禁中の被疑者又は被告人が弁護人との接見等によりその援助を得て自己を有効に防禦する権利を意味すると解すべきである。

この弁護人との接見交通権は、身体拘束中の被疑者が弁護人の援助を受けるための最も重要な基本的権利であるとともに、弁護人にとっても、最も重要な固有権の一つである。すなわち、身体拘束中の被疑者が、有効な防禦活動をし、公判に向けて自己に有利な証拠を収集、保全するためには、弁護人の援助を受けることが必要不可欠であるし、また、弁護人自身も、その職責を全うするためには、随時被疑者と接見し、被疑者の不安を取り除き、被疑者に有利な証拠の収集、保全を行い、捜査機関の違法な捜査を監視しなければならない。

このように、接見交通権の憲法的内容からすれば、接見交通権は「直ちに接見する権利」として理解する必要がある。

(2) 刑事訴訟法三九条三項の「指定」の解釈

刑事訴訟法三九条一項の規定する自由な接見交通権は、憲法三四条前段の保障する弁護人依頼権を具体化したもので、被疑者にとって刑事手続上最も重要な権利であるが、他方、拘禁中の被疑者に対する取調べには時間的な制約があることから、同条三項は、やむを得ない例外的措置として、捜査のため必要があり、かつ、被疑者の防禦権を妨害しない場合に限定して、捜査官の接見に関する指定を認めている。この指定の解釈においても、前記のとおり、接見交通権が憲法三四条前段に基づき、「直ちに接見する権利」として把握すべきことを前提としなければならない。

ところで、「直ちに」とは「すぐに」とか「時を移さず、即座に」を意味する。これと同様に即時性を表現する法令用語として他に「すみやかに」と「遅滞なく」があるが「直ちに」は、これらよりも一層即時性の強い用語として用いられている。憲法三四条前段も、捜査手続において、拘禁中の被疑者に対する取調べを念頭に置いたうえで、なお「直ちに」の法令用語を選んでその権利を保障したものと解すべきである。元来、抑留、拘禁は被疑者の取調べを目的としたものではなく、取調べは被疑者の身体拘束状態を捜査のため便宜的に利用するものに過ぎない。この取調べの前提となる抑留、拘禁に対し、直ちに弁護人を依頼する権利を保障している憲法の権利保障の厳格さに注目する必要がある。

このような憲法三四条前段の文言を中心に考えれば、指定とは、直ちに行われるべき弁護人と被疑者との接見につき、それが長くなると時間的制約のある捜査に支障をきたすことになることから、これを避けるため、接見終了時刻を画することによって被疑者の取調べ等の時間を確保するためのものとして憲法上容認され、行使できるものといわなければならない。したがってこの限度を超えて、取調べ中であれば、その間弁護人依頼権を拒否できるとの解釈は、憲法三四条前段の文言に反しており、現に被疑者を取調べ中であっても、弁護人等の要求があれば、取調べを中断して直ちに接見させなければならない。

(3) 最高裁判所第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決の趣旨

最高裁判所第一小法廷は、昭和五三年七月一〇日、いわゆる杉山事件判決において、刑事訴訟法三九条一項の接見交通権が憲法三四条前段の趣旨を具体化した権利であるとし、「弁護人等との接見交通権が前記のように憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は、あくまでも必要やむをえない例外的措置であって、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではない。」としたうえ、指定権行使の要件である「捜査のため必要があるとき」とは、「現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」に限られる旨判示した。すなわち、右判決は、接見交通権と捜査の必要との衝突の調整を要する場合として、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証など捜査のために被疑者の身柄を必要とする場合に限ったのである。ところで、実務において、この調整の必要が問題となるのは、そのほとんどが被疑者取調べ中の場合であり、例えば、弁護人が被疑者との接見を求めて留置先に赴いたころ、取調べ中であったとか、これから接見したい旨を予め捜査官に連絡したところ、現に取調べ中でまだあと数時間かかるとか、これから取調べ予定である等と言われる場合である。ところで前記最高裁判所判決は、このような場合の調整の図り方を必ずしも明確に示しておらず、現に被疑者を取調べ中等の捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定して、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合わせることのできるような措置を取れと述べているだけである。しかし、前記最高裁判所判決が、その冒頭部分で接見交通権の憲法の保障に由来する趣旨を強調し、また一方、被疑者取調べについては時間的制約があるので接見交通権との時間的調整を図る必要があると述べているに過ぎないところを併せ考えると、この調整の図り方については、あくまで憲法の基本的人権の保障を重視して接見交通権を優先させ、ただ必要な被疑者取調べの時間を確保するため、接見時間を一定程度に制限して両者の調整を図ろうとしたものと解すべきである。

もっとも、前記最高裁判所判決については、取調べ中である限り、その間は接見を拒否できると解釈する余地もある。この解釈によれば、被疑者取調べ中は被疑者の弁護人依頼権を拒否することになっても違法でなく、その間に被疑者を取り調べて自白を引き出し、供述調書を作成してから弁護人と面会させることになってもよいのであり、それが指定なのだというものである。この解釈によれば、取調べ中であれば、何時からどの位の時間接見させるかは、指定権者の裁量の範囲内ということになる。しかも、被疑者取調べの時間的制約こそが指定権の認められた理由であるとするので、この点を最大限に強調すれば、そのほとんどが取調べ中であったり、取調べ予定であったりすることにもなりかねない。

しかし、被疑者にとっては、このような時期にこそ取調べに先立って、また、現に取り調べられている事項について弁護人に相談してその援助を受けることが緊急に必要とされる。したがって、取調べに先立つ接見を拒否され、取調べが終わってから接見が認められるというのでは、それは、もはや援助の名に値しないのである。また、弁護人は、毎日、訟廷日誌に書き込まれたスケジュールをこなしながら忙しく走り回っている。突然の刑事弁護の依頼により、急ぎ被疑者と面会しようと何とか時間のやりくりをつけ、被疑者の留置先に赴いたり、捜査機関に対し、弁護人の可能な接見の時刻を告げたりすることになる。この時に、取調べを優先させ、弁護人の申し出た接見時刻を拒絶して、その後の時刻にこれを変更することが許されるものとすれば、弁護人の時間のやりくり自体が不可能となり、結局、被疑者との接見が翌日以後に先送りということになりかねない。したがって、取調べ中である限り、その間は接見を拒否できるとの解釈は、接見時刻を何時にするかにつき捜査機関に裁量権を与え、捜査の都合でどのようにも決めることができることになってしまうのであり、このような解釈は憲法三四条前段の弁護人依頼権の保障とは程遠いもので、違法である。

(4) 留置主任官の基本的人権擁護義務

憲法三四条前段は、弁護人依頼権の尊重を抑留、拘禁事務に携わる者を名宛人として義務付けている。そして、被疑者が警察署の留置場に抑留、拘禁されている場合、当該抑留、拘禁事務の従事者は、その留置担当官に外ならない。したがって、当該留置担当官は、弁護人の接見申出に対し、「直ちに」接見させるべき憲法上の厳格な義務を負っている。もっとも、当該留置担当官は、刑事訴訟法三九条三項所定の指定権者による指定がされた場合には、これに従って、指定された接見終了時刻に当該接見を終了させることができるに過ぎない。したがって、「指定権がなく、指定のための判断権もない。」等の理由で、留置担当官が弁護人の接見の申出を拒否することが許されないことはもちろんのことであり、指定の趣旨を前記のとおり、接見終了時刻を画するものと解釈すれば、右の憲法擁護義務と指定権者のする指定に従うこととの間には、職務上何らの矛盾を生じることにもならない。

(5) 被疑者取調べ中の捜査官の責任及びに指定権限

指定を被疑者の取調べ時間を確保するための単なる時間的調整行為に過ぎないと解すれば、指定権を最も適切に行使できる立場にあるのは、当該被疑者を現に取り調べている捜査官であり、その取調べに現に当たっていない検察官がその立場にないことは明らかである。

しかし、指定権を取調べ中は弁護人の接見を拒否することができる権限であると解する立場からは、指定権の行使は、何時頃、どの位の時間弁護人に接見させるべきかを決定する裁量的判断行為と把握すべきこととなり、その判断は参考人、被疑者、共犯者等の取調べの進捗状況、自白獲得の有無、罪証湮滅の虞などを総合的に考慮する高度の価値的、政策的なものであって、捜査の進展状況を総合的、統一的に把握できる立場にあるもののみが判断できることになる。右のような立場によれば、指定権を行使できる者は、現に被疑者を取り調べている捜査官ではなく、当該被疑事件を検察官に送致する以前は、捜査主任官のみに、検察官送致後は担当検察官のみにそれぞれ限られることになる。その結果、弁護人が、現に被疑者を取り調べている捜査官等に接見を要求しても、その者には接見について交渉する当事者能力を欠いているとして、これらの者の弁護人依頼権尊重擁護義務を免除してしまうことになる。このように、指定権者を一人に限定し、その余の者の権限を否定することこそ、具体的指定書持参要求(面会切符)を成立させるための大前提に外ならない。すなわち、前記最高裁判所判決は、「当時、被疑者と弁護人等との接見をあらかじめ一般的に禁止して許可にかからしめ、しかも被上告人の接見要求に対して速やかに日時等の指定をしなかった捜査本部の宮里の措置は違法といわざるをえない」と判示し、いわゆる一般的指定につき指定要件の厳格解釈の面からも、また、事実上接見を許可制としている実務の運用面からもこれを違法と断じた。そこで、この一般指定を隠ぺいするため、捜査主任官又は担当検察官以外の者に指定権限を認めず、その結果、弁護人から接見要求を受けた指定権限のない者が、指定権限を有する者に指定権の行使を行うか否かを問い合わせることを正当化するのである。このような立場によれば、接見指定の要件が具備されているか否かにかかわりなく、弁護人は、担当検察官との連絡がとれるまで接見拒否を受忍しなければならないことになり、弁護人と被疑者との接見を左右する力を捜査機関に与えてしまうことになる。

なお、被疑者留置規則二九条二項によれば、接見指定権は捜査主任官に属し、被疑者が検察官に送致された後は、検察官のみが指定権者であるとの解釈もある。しかし、右規則が捜査主任官以外の者の指定権限を否定する根拠とはならない。なぜならば、刑事訴訟法上、司法巡査にも認められた権限を法律の下位規範である国家公安委員会規則によって制限できるとは解されない。また、前記のとおり、指定を被疑者の取調べ時間を確保するための単なる時間的調整行為に過ぎないと正当に解すれば、当該被疑事件が検察官に送致されたことだけで、担当検察官のみが指定権限を有するようになると解するのは不合理であり、事件を検察官に送致した後もなお司法警察職員が被疑者の身柄を抱え込んで取調べを続行している捜査の実情からしても、右解釈は不合理である。

4  牛江検事の措置の違法性

(一) 本件第一次接見妨害について

昭和六一年一月三〇日、原告が被疑者と直ちに接見させるように申し出たにもかかわらず、牛江検事がこれを拒否し、同日午後四時まで接見を開始させなかった措置は、接見指定の要件を欠いているばかりではなく、指定とは、前記のとおり、被疑者と直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画する趣旨のものであるのに、直ちに接見させなかったことからも違法である。

すなわち、原告が接見に赴いた時点では、被疑者は「現に」取調べ中ではなく、その後に取調べのために本件留置場から連れ出されたのであるから、前記最高裁判所判決の趣旨に照らし、接見指定の要件を欠いていたというべきである。右判決が、「現に」との用語を使用したのは、接見交通権が憲法上の重要な権利であることを強調するためである。したがって、取調べ開始直前を取調べ中に含ませ、又は捜査の必要性に含ませるのは妥当でない。また、本件被疑事件は、いわゆる一般的指定すらされておらず、検察官としては具体的指定権を行使する必要のない事件と認識していた。

また、指定の意味を、前記のとおり、接見終了時刻を画する趣旨のものであると解すれば、仮に被疑者の取調べ中であったとしても、当該取調べを中断して接見させるべきであったし、仮に右解釈を採らないとしても、本件第一次接見妨害の接見は、原告と被疑者との初回の接見であるから、刑事訴訟法三九条三項但書を適用して直ちに接見させるべきであった。札幌地方裁判所昭和六三年六月二三日判決(いわゆる太田国賠判決)においても、取調べを中断するなどしてでも接見の保障をすべき場合の一つとして、第一回目の接見の申出の場合を挙げている。

(二) 本件第二次接見妨害等について

同年二月五日、原告が被疑者と直ちに接見させるように申し出たにもかかわらず、牛江検事がこれを拒否し、同日午前九時三〇分まで当該接見を開始させなかった措置は、接見指定の要件を欠いているばかりではなく、指定とは、前記のとおり、被疑者と直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画する趣旨のものであるのに、直ちに接見させなかったことから違法である。

すなわち、牛江検事は、その前日に宮口係長に対し、同年二月五日の接見は午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間に限るとの指示を行っているところ、右指示にはその余の時間帯については、原告の接見を禁止する旨の処分を含んでいると解され、このような処分は、刑事訴訟法三九条三項の具体的指定に該当すると考えるべきである。ところで、原告が右接見に赴いた時点では、被疑者は「現に」取調べ中ではなく、また取調べのため連れ出されようとしていたのでもなかった。むしろ、被疑者は、原告が面会に来たことを本件留置場の係官から知らされ、同係官の指示又は了解のもとに接見室に入室していたのであるから、明らかに接見指定の要件を欠いていたというべきである。また、本件被疑事件は、いわゆる一般的指定すらされておらず、検察官として具体的指定権を行使する必要のない事件と認識していたのである。なお、午前八時三〇分が本件留置場における被疑者の体操の時間であったとしても、これが指定の要件を基礎付けるものでないことは明らかである。

さらに、本件第一次接見妨害の際、中浜警部補が牛江検事に対し、具体的指定権を行使するか否かを確認してきたのであるから、牛江検事としては、弁護人の接見交通権を尊重する立場から、検察官への連絡なしに弁護人の接見を認めてよい旨を中浜警部補らに連絡しておくべきであった。ところが牛江検事は、具体的指定権を行使したうえに、指定書を後に送付するなど、中浜警部補らに対し、具体的指定権を行使する必要のある事件と誤解させるような措置を採っており、その後も、検察官への連絡なしに弁護人の接見を認めてよい旨を中浜警部補らに連絡せず、中浜警部補らの違法な接見の取扱を漫然放置し、その結果、本件第二次接見妨害を生じさせたもので、この点も違法というべきである。

5  中浜警部補の措置の違法性

(一) 本件第一次接見妨害について

昭和六一年一月三〇日、原告が被疑者と直ちに接見させるように申し出たにもかかわらず、中浜警部補がこれを拒否し、牛江検事に連絡をとったうえ、原告をして牛江検事の具体的指定を受けさせた措置及び牛江検事の行った原告と被疑者との接見を同日午後四時まで開始させないとの指定に従った措置はいずれも違法である。すなわち、中浜警部補は、当時、東署の留置主任官(笠谷忠義)に代わって本件留置場の看守監督責任者の職務を行うべき地位にあったので、弁護人の接見申出に対し「直ちに」接見させるべき憲法上の厳格な義務を負っていると解されるところ、本件被疑事件においては接見禁止決定が出されているが、右決定は弁護人又は弁護人となろうとする者には及ばないことは法文上明らかであるから、右決定の存在が中浜警部補の前記接見拒否を正当化する根拠とならないことは当然である。しかも、いわゆる一般的指定のされなかった本件被疑事件において、中浜警部補が牛江検事に対して接見の可否につき連絡をし、その間原告の接見を拒否したうえ、更に、原告に対して牛江検事との接見に関する協議をさせたことは、職務上の根拠を欠き違法である。また、牛江検事が直ちに接見させなかったことは客観的かつ明白に違法な措置であったにもかかわらず、中浜警部補が漫然とこれに従った措置は、右義務に違反し違法である。さらに、留置場の事務処理上において、接見の可否につき検察官又は捜査主任官に連絡してその判断を仰ぐ取扱をしていたとすれば、右取扱自体が憲法三四条等に反し、違法であるから、右取扱の存在によって中浜警部補の前記措置が合法化されるとも解されない。

(二) 本件第二次接見妨害について

昭和六一年一月三〇日、原告が被疑者と直ちに接見させるように申し出たにもかかわらず、中浜警部補がこれを拒否し、捜査主任官の宮口係長に連絡した措置及び牛江検事が同日午前九時三〇分まで原告と被疑者との接見を開始させないとの指示に従った措置はいずれも違法である。なぜならば、いわゆる一般的指定のされなかった本件被疑事件において、中浜警部補が宮口係長に対して接見の可否につき連絡をし、その間原告の接見を拒否したのは、職務上の根拠を欠き違法であり、また、接見指定の要件を具備していないのに牛江検事が行った違法な接見指定に従ったことも違法であるからである。さらに、中浜警部補が、当時、東署の留置主任官(笠谷忠義)に代わって本件留置場の看守監督責任者の職務を行うべき地位にあったので、弁護人の接見申出に対し「直ちに」接見させるべき憲法上の厳格な義務を負っていると解されるところ、前記のとおり、指定とは、被疑者と直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画する趣旨のものであるのに、牛江検事が直ちに接見させなかったことは客観的かつ明白に違法な措置であったにもかかわらず、中浜警部補が漫然とこれに従った措置は、右義務に違反し違法である。

また、仮に、中浜警部補が、自分自身では接見の可否を判断できないと誤解していたとしても、現に午前八時三〇分に原告から接見の申出があったのであるから、直ちに指定権者であると考える者に対して接見の可否の判断を仰ぐべき職務上の義務があるにもかかわらず、原告の同日午前八時三〇分の接見申出を前提にしているとは到底考えられない牛江検事の指示に漫然と従ったことは違法である。

6  牛江検事らの故意、過失

(一) 公務員の故意、過失の要件

国家賠償法一条一項は「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と規定しており、「公務員」の「故意又は過失」が要件となっている。しかし、右要件をあまりに厳格に解釈することは、同法が国家賠償制度を設けた趣旨を没却することになりかねない。すなわち、国家賠償が問題となる事件は、通常の不法行為とは異なり、いわば国家の手足として行動した者の行為が違法とされるのであるから、個々の公務員の主観的な認識を問題にすべきではなく、その職務を行う公務員として期待される知識、能力を前提としての注意義務に違反したか否かによって、故意、過失の有無が判断されるべきである。しかも、公務員は、公権力を行使する者として直接国民の法益に干渉し、これを侵害し易い立場にあるから、その職務上の注意義務の内容も一般人より高度なものが要求される。また、公権力の担い手である国は、公権力の行使の適法性と正当性を立証する責任があり、公務員の行為の違法性が認められれば、故意、過失の存在は推認されるというべきである。

(二) 牛江検事の故意、過失

(1) 本件第一次接見妨害について

牛江検事は、昭和六一年一月三〇日、原告の直ちに接見させるようにとの申出を拒否し、同日午後四時まで接見を開始させなかったが、原告が接見に赴いた時点では、被疑者は「現に」取調べ中でなかったのであるから、前記最高裁判所判決の趣旨によれば指定の要件を欠くばかりでなく、前記のとおり、指定とは被疑者と直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画するものであるから、取調べを中断してでも接見させるべきであったし、また、右は原告と被疑者との初回接見であるから、刑事訴訟法三九条三項但書を適用して直ちに接見させるべきであった。

(2) 本件第二次接見妨害について

牛江検事は、昭和六一年二月五日、原告の直ちに接見させるようにとの申出を拒否し、同日午前九時三〇分まで接見を開始させなかったが、この措置は、前記最高裁判所判決の趣旨に照らして指定の要件を欠くばかりでなく、前記のとおり、指定とは被疑者と直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画するものに過ぎないと解されることからしても、違法なものであった。また、本件被疑事件では、いわゆる一般的指定はされておらず、検察官としては具体的指定権を行使する必要のない事件と認識していた通常事件であった。このような通常事件においては、実務上の慣行に従い直ちに接見させなければならなかった。さらに、本件第一次接見妨害の際、中浜警部補から牛江検事に対し、具体的指定権を行使するか否かを確認してきたのであるから、牛江検事としては、接見交通権を尊重する立場から、その際又は遅くとも同月四日に牛江検事が原告の翌日の接見について宮口係長に連絡した際、検察官に連絡せずに被疑者に面会させてもかまわない旨を中浜警部補らに連絡すべきであった。

牛江検事は、前記最高裁判所判決の存在とその通説的解釈及び実務上の慣行を十分知りながら、原告の接見を拒否、妨害したのであるから、牛江検事に故意、過失があったことは明白である。

(三) 中浜警部補の故意、過失

(1) 本件第一次接見妨害について

中浜警部補は、昭和六一年一月三〇日、原告の直ちに接見させるようにとの申出を拒否し、牛江検事に連絡をとったうえ、原告に牛江検事からの具体的指定を受けさせるとともに、右指定に盲目的に従った。しかし、右措置は、いわゆる一般的指定がされていなかった本件被疑事件においては、留置担当官としては、通常事件の取扱と、同様に、検察官又は捜査主任官と接見の可否について連絡をすべき職務上の義務はなく、むしろ、弁護人の接見申出があれば、「直ちに」接見させるべき憲法上の義務を負っているのであるから、中浜警部補は直ちに被疑者と原告を接見させるべきであった。また、原告が接見に赴いた時点では、被疑者は「現に」取調べ中でさえなかったのであるから、接見指定の要件を欠き、中浜警部補は直ちに接見させなければならなかった。さらに、中浜警部補が原告に対し、牛江検事との間で接見につき協議をさせ、これをしないと接見を拒否するとの対応を示したことも、右検察官との連絡と同様に職務上の根拠を欠くものである。また、検察官や捜査主任官から指定がされていても、客観的に違法であることが明白な場合にはこれを拒否できるのであって、客観的に違法であることが明白な牛江検事の右指定については、中浜警部補はこれを拒否すべきであった。

(2) 本件第二次接見妨害について

中浜警部補は、昭和六一年二月五日、原告の直ちに接見させるようにとの申出を拒否し、捜査主任官の宮口係長に連絡をとったうえ、同日午前九時三〇分まで接見を許さないとの牛江検事の指示に盲目的に従った。しかし、この措置は、いわゆる一般的指定がされていなかった本件被疑事件において、当時、東署の留置主任官に代わって本件留置場の看守、監督の責任者として、弁護人の接見の申出があれば、「直ちに」接見させるべき憲法上の厳格な義務を負っていることからしても、中浜警部補としては、捜査主任官に連絡をとることなく、直ちに原告を接見させるべきであり、また、違法な牛江検事の指示に従うことなく、これを拒否して直ちに原告を接見させるべきであった。さらに、中浜警部補は、前記最高裁判所判決の存在とその通説的解釈及び実務上の慣行を十分知りながら、直ちに原告と被疑者とを接見させなかったのであるから、中浜警部補に故意、過失があったことは明らかである。

7  原告の損害

原告は、以上の一連の接見拒否、妨害により接見交通権を侵害され、また本来不要であったはずの牛江検事との交渉を強要され、指定書の受取、持参も強要されたうえ、準抗告の申立てを余儀なくさせられた。

ところで、捜査段階における弁護人の職務、職責と、接見交通権の侵害によって右職責の遂行が阻害されることについては、以下のとおりである。

(一) 弁護士が逮捕、勾留に係る起訴前の弁護を依頼された場合、勾留期間の一〇日間(延長により合計二〇日間)の間に、当該被疑事件の事実関係を調査、把握し、捜査機関の捜査及び検察官の処分が適正に行われるように弁護活動をし、身柄拘束状態にある被疑者の人権侵害を防止するとともに、同人の生活及び仕事上の障害を最小限にとどめる等の職責を負っている。その詳細は以下のとおりである。

(1) 事実関係の調査、把握

捜査官は、当該被疑者に対する嫌疑を前提にして、その嫌疑が事実に合致するか否かを捜査するが、当該捜査官の抱いた嫌疑が常に事実に合致するとは限らず、むしろ、誤った嫌疑、偏った証拠により検察官が実体的真実と異なる処分をしてしまうこともありえないではない。このことから、捜査官の捜査に対する被疑者の防禦の準備をする権利は、被疑者の人権を確保し、実体的真実を求める刑事訴訟法の理念を実現するために保障されなければならず、特に弁護人の接見交通権が十分に保障されることが必要である。この接見交通権が保障されてはじめて、弁護人は事実関係と事案の真相を把握したうえ、弁護人の立場で被疑事件に対する調査と検察官の裁定処分が適正に行われるように適切な措置を取ることが可能となる。このように、弁護人は、接見交通権を付与されるとともに、事案の事実を調査把握すべき債務を負っているのであり、弁護人が事実を把握する債務を果たすことによって、被疑者の防禦の準備をする権利が実現されることになる。したがって、弁護人がこの職責を果たし、これによって被疑者の防禦の権利が十分に保障されるためには、被疑者に事案の内容を説明させ、弁護人がその事実関係と事案の真相を把握するのに十分な接見時間が制度的にも実務上も確保される必要がある。さらに、この接見は、被疑者の嫌疑についての捜査に対する準備のためであるから、捜査が進展する前に接見の機会が与えられなければ、弁護活動の方針を決めることが困難となり、ひいては弁護人制度が無意味になる。

(2) 適正な刑事司法手続の確保と説明

被疑者の身柄拘束は、適正な手続によらなければならない。弁護人は、右手続が適正に行われているか否かを調査し、不適法であれば、直ちにこれを是正すべく刑事訴訟法上の手続を行う職責を負っている。また、身柄を拘束されている被疑者に対し、黙秘権の行使を含めた刑事訴訟法上の諸権利を説明し、捜査に対してどのように対応すべきかを助言しなければならない。このような職責を果たすためには、弁護人制度が確立し、弁護人の接見交通権が確保されなければならない。

(3) 身柄拘束に伴う不利益の回避

身柄拘束中の被疑者の健康及び精神面に対する配慮、被疑者と家族、職場との連絡など、被拘束者を可能な限り日常生活と変わらない状態にし、身体拘束の不利益を回避することも弁護人の重要な職責である。

(4) 検察官の裁定処分の適正化

弁護人は、充実した接見により、被疑者にとって有利な証拠を積極的に収集することが可能となり、これによって、被疑者に対する検察官の公正な裁定処分が行われるよう活動する職責を果たすことができる。

(二) 本件接見妨害による弁護人の職責の阻害

(1) 事実関係の調査、把握の職責に対する妨害

原告は、昭和六一年一月三〇日午前九時四五分頃に被疑者と接見し、弁護人選任を受けたうえ、本件被疑事件の説明を受けて事実関係を把握し、これにより弁護活動の方針を決定し、防禦を準備する予定であった。しかし、牛江検事らは、同日の初回接見を拒否し(被疑者は、原告の目の前を本件留置場から取調室の方へ連行されていった。)、これによって原告の職責を妨害した。さらに、同日午後四時の接見指定も、捜査を先行させた上での接見指定であるのみならず、その接見時間も三〇分であり、原告の職責を妨害するものである。その結果、原告は捜査の進展前に被疑者と接見し、本件被疑事件の事実関係を調査、把握する職責を遂行することが不可能になり、適切な弁護方針を立てることができなかった。

原告は、同年二月五日、被疑者との接見のために本件留置場に赴いたが、初回接見と同様にその申出を拒否され、同月八日に初回接見以来九日目に第二回目の接見をしているが、右時点では既に被疑者の防禦の準備を実現させる職責を果たす機会を逸してしまった。このように、牛江検事らは、本件接見妨害により、原告の職責を妨害した。

(2) 適正な刑事司法手続の確保の職責に対する妨害

原告は、牛江検事らの本件接見妨害によって、身体拘束という強制捜査が適法に行われるよう監視、是正する職責を果たすことを妨害された。特に、本件第二次接見妨害の結果、原告は、同年二月一日に勾留延長の決定が出されているにもかかわらず、これに対する弁護人としての適切な対応を採ることを検討する機会さえ奪われ弁護活動を著しく妨害された。

(3) 身柄拘束の不利益回避に関する職責の妨害

被疑者は、本件被疑事件当時、四〇歳で必ずしも健康ではなく、家族も身柄拘束による健康状態の悪化を心配していた。このようなことから、原告は、弁護人として、被疑者との接見により留置されている被疑者の身体、健康、日常生活上、仕事上の不利益を回避すべき職責を有していた。しかし、原告は、本件接見妨害により、このような被疑者やその家族から期待されている不利益回避の機会を奪われ、その職責を妨害された。本件第一次接見妨害では、弁護士であるのに何故直ちに接見できないのかとの被疑者の不満を聞かされることになり、本件第二次接見妨害では、接見室で待機する被疑者との接見が全くできなかったことから、被疑者との信頼関係すら破壊されかねない状態に陥った。被疑者や家族にとって、家族や仕事についての伝言も被疑者に伝達できず、身柄拘束の不利益を回避できず、被疑者の状態を監視できない弁護人は弁護人に値しないのである。本件第二次接見妨害は、極めて重大な弁護活動の拒否であるのみならず、弁護人制度の拒否に等しく、原告と依頼者との信頼関係を破壊する原告の弁護士業務の妨害でもある。業務上の信頼関係の破壊による弁護士としての原告の精神的苦痛は著しい。

(4) 適正な裁定処分を求める職責に対する妨害

原告は、本件接見妨害により、検察官の裁定処分の前に事案の事実関係の調査、把握をすることができず、かつ情状に関する事実を収集し検察官に提出する活動の機会を奪われた。

(三) 原告の受けたこれらの苦痛を慰謝する金額は一〇〇万円を下らない。

8  よって原告は被告らに対し、国家賠償法一条一項(民法七一九条)の損害賠償請求権に基づき、連帯して、右損害金の内金一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(被告らのうち送達の遅い被告国の例による。)である昭和六一年八月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び反論

1  被告国

(一) 請求原因に対する認否

(1) 請求原因1(当事者)の事実は認める。

(2) 同2(一)(1)(被疑者の勾留)の事実は認める。

(3) 同2(一)(2)(本件第一次接見妨害等)の事実のうち、原告が、昭和六一年一月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴き、中浜警部補に対し、被疑者と接見させるよう申し入れたこと、その後、原告が、電話で牛江検事と、直ちに接見させるように交渉したところ、牛江検事が、「現在既に被疑者の取調べが開始されており、捜査の必要上、接見させるわけにはいかない。接見すべき日時を別に指定するので申し出られたい。」旨述べたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(4) 同2(一)(3)(原告の初回接見の状況、具体的指定書の作成等)の事実のうち、原告が、牛江検事から同日午後四時の接見指定を受け、その頃、被疑者と接見し、被疑者から弁護人に選任されたこと、中浜警部補が、右接見の際、原告が接見指定書を持参しなかったにもかかわらず、被疑者との接見を認めたが、後日、牛江検事から右接見に係る具体的指定書が送られたので、中浜警部補が必要事項を記入し、署名押印してこれを牛江検事に送り返したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(5) 同2(一)(4)(本件第二次接見妨害等)の事実のうち、原告が同年二月五日午前中に東署において、中浜警部補に対し、被疑者と面会させるよう申し入れたこと、中浜警部補が宮口係長に右接見について問い合わせ、宮口係長から、牛江検事から同日午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させるようにと言っているとの回答を得たこと、同月四日午後三時三〇分頃、原告が牛江検事に対し、電話で、「明日午前九時三〇分頃に、少なくとも三〇分間接見する。」旨伝えたこと、牛江検事が原告に対し、指定書を取りに来るよう求めたところ、原告がこれを拒否したこと、牛江検事が、同日午後五時頃、宮口係長に対し、原告が接見に来たら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間の一五分間接見させてくれるよう連絡したことは認めるが、原告が申し出た時間帯に接見に出向いたならば、本件第一次接見妨害のように、原告の接見妨害を目的としてわざわざ右の時刻頃を選んで取調べを行い、接見拒否処分をする可能性があったことは否認し、その余の事実は知らない。

(6) 同2(一)(5)(本件第二次接見妨害の際に被疑者の取調べが実施されていなかったこと等)の事実のうち、本件第二次接見妨害の際、被疑者に対する取調べが行われていなかったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(7) 同2(二)(その後の経過)の事実のうち、原告が、同日、牛江検事らの処置につき当裁判所に対し、準抗告の申立てをしたこと、同裁判所が、同月七日、右準抗告申立てにつき、これを棄却する旨の決定をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。

(8) 同8(接見交通権の侵害について)及び同4(牛江検事の措置の違法性)は争う。

(9) 同5(中浜警部補の措置の違法性)のうち、中浜警部補が、本件当時、東署の留置主任官(笠谷忠義)を補佐して、看守者を直接監督する地位にあったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(10) 同6(牛江検事らの故意、過失)及び同7(原告の損害)は争う。

(二) 被告国の反論

(1) 事実経過

ア 本件被疑事件とその捜査の必要性

被疑者は、昭和六一年一月二一日、売春防止法違反の容疑で東署警察官により通常逮捕され、同日二三日、検察官に送致されたうえ、代用監獄である本件留置場に勾留され、併せて接見禁止の決定を受けた。本件被疑事件は、首謀者である小野博行が岡山市内の田町、柳町の七、八店のバー等のホステスに組織的に売春をさせていたというもので、被疑者は右小野の下で会計、経理等の仕事をし、右組織的売春において重要な役割を担っていた。

被疑者は、右逮捕当初は犯行を否認していたが、同月二七日に自白した。被疑者の警察官に対する供述調書については、同月二二日に否認調書が、同月二八日、三〇日、三一日、同年二月一日、三日、四日、五日、六日、七日に、いずれも自白調書が作成されている。また、検察官に対する供述調書(以下「検面調書」という。)については、同年一月二九日に経歴、犯行の概要についての簡単な調書が作成され、同年二月四日に初めて右小野との関係や犯行に至る経緯等の、同月七日に具体的な犯行状況の、同月八日に売春をしていた店の店長が売春について共謀をする店長会議の状況の、同月一〇日にも犯行状況の調書がそれぞれ作成されている。

他方、本件被疑事件の首謀者である右小野は、昭和六一年二月一日に逮捕されたが、逮捕直後から犯行を否認しており、同月六日になって自白に転じた。

本件被疑事件において特徴的なことは、複数の店舗で売春が行われ、店長、従業員らの関係者が一〇名程度いたが、首謀者の右小野や被疑者(佐藤)は、売春の周旋行為等の実行行為には関与していなかったため、関係者らの供述によって共謀の有無やその役割を究明する必要があった。したがって、被疑者(佐藤)に対する処分を決定するためには、右小野との関係や本件被疑事件における地位、役割、組織の全容等を、連日、時間の許す限り詳細に取り調べ、その裏付けを取るなどの捜査をする必要があった。しかるに、同年一月三〇日の時点では、被疑者(佐藤)については、警察官に対する自白調書が二通作成されていたのみであり、しかも、首謀者の右小野は未だ逮捕されていない状況にあったのであるから、右共謀状況等について被疑者を時間の許す限り取り調べる必要があった。また、同年二月四日の時点においても、被疑者(佐藤)の検面調書としては、犯行の概要についての簡単な調書がわずか一通しか作成されておらず、右小野は逮捕されていたものの、犯行を否認していたのであるから、被疑者(佐藤)に対する取り調べの必要性は、同年一月三〇日の時点におけるのと同様に大きかった。

イ 昭和六一年一月三〇日の経過について

原告は、同日午前九時三〇分頃、被疑者に対する接見のため、東署を訪ね、同署の留置事務室で執務していた中浜警部補に対し、「佐々木弁護士です。留置中の佐藤に接見がしたい。」と申し入れた。中浜警部補は、右申入れに対し、被疑者について接見禁止決定が出されていることを名札によって確認したうえ、接見禁止決定に係る被疑者との面会に際しては、かつてほとんどの弁護士が接見指定書を持参して接見を申し入れていたことから、原告に対し、「先生、指定書をお持ちでしょうか。」と尋ねた。これに対し、原告は、「そんなものは持って来る必要はない。」と答えたが、中浜警部補は、再度原告に対し、「指定書をお持ちですか。」と聞き返したところ、原告は「そんなものは必要ない。」と答え、そのようなやりとりが繰り返された。その後、中浜警部補が「弁護士さん、佐藤は接見禁止になっております。」と言ったところ、原告は「そういう接見禁止があるんなら書類を見せてみい。」と要求したので、中浜警部補は、関係書類中にいわゆる一般的指定書を捜したが見当たらず、接見禁止決定書があったので、代わりにこれを原告に示した。しかし、原告は「こんなものはわしには関係ないんだ。」と言って納得しなかった。そこで、中浜警部補は、自らは接見の許否を判断する立場にないことから、警察における捜査主任官である宮口係長に連絡を取ることにした(なお、被疑者の取調べを担当していた田所巡査部長は、中浜警部補と原告との右やりとりの間の同日午前九時五三分頃、予定に従って、被疑者の取調べを開始し、その後、昼食、休息による中断をはさんで同日午後六時四五分頃まで取調べを続けた。)。

中浜警部補が防犯課の宮口係長に電話し、「被疑者佐藤に佐々木弁護士が接見に来ているが、どうしましょうか。」と相談したところ、宮口係長は「佐藤和弘は勾留の身柄であるから、担当検事さんに連絡を取ってくれ。担当検事さんは牛江検事さんである。」との返事があった。そこで、中浜警部補は、直ちに検察庁の牛江検事に電話をし、原告が被疑者と接見したいと申し出ているが、接見させてよいか指示を仰いだ。これを受けて、牛江検事が東署防犯課係員に電話し、被疑者の取調べ状況を確認したところ、「たった今調べ室に入れて、たった今田所巡査部長が取調べに取り掛かるところである。」とのことであった。そこで、牛江検事は、前記のような本件被疑事件の性格や当時の捜査の具体的な進行状況、右のような被疑者の取調べ状況等を考慮して接見指定する必要があるものと判断し、折り返し中浜警部補に電話をして、「電話を佐々木弁護士さんに代わってくれるように。」と告げ、電話で直接原告と協議することにした。原告は牛江検事に対し、「今ここに面会に来ているんですけども、会わせていただきたい。」と言ったが、牛江検事が「取調べにかかるところなので接見について時期をずらして欲しい。」と要請したところ、原告は、それ以上即時の接見には固執せず、「翌日も翌々日も東京へ出張があるので、ともかく今日中に会わせてくれ。」と主張した。そこで、牛江検事もこれを了承し、同日中に接見できる時間を両者の間で協議、調整した。その結果、原告の予定の入っていない時間帯が午後四時頃しかなかったので、当日の午後四時から五時までの間の三〇分間とするとの合意に達した。なお、接見の時間についても、牛江検事は当初一五分を主張したが、原告が「一五分なんて時間じゃ困る。」と主張したため、牛江検事も「それじゃ、三〇分認めましょう。」と答え、原告もこれを了承した。

その後、牛江検事が原告に対し、「指定書を取りに来ていただけますか。」と要求したところ、原告は「私は行きません。」と答えて、そのまま電話を切ってしまったので、牛江検事は、同日昼頃、中浜警部補に対し、「午後四時から五時の間に佐々木弁護士さんが佐藤に接見に行ったら三〇分間接見させてくれるように。」と電話で連絡した。また、原告は、同日午後零時二五分頃、中浜警部補に対し、「検察官から午後四時頃に会ってもいいということになっているけれども、その旨の通知を受けていますか。」と電話で確認してきたので、中浜警部補は「そういう連絡を受けております。」と答えた。

原告は、同日午後四時に被疑者と接見するため東署に赴いたが、その際、指定書を持参しないことを理由に接見を拒否されることがあり得ると考え、事前に準抗告の申立書を準備していた。しかし、原告が中浜警部補に対し、「牛江検事さんから連絡があったと思うが、佐藤に接見に来た。」と言ったところ、中浜警部補が「それは牛江検事さんから聞いています。」と言って接見に応じたため、原告は指定書を持参することなく、被疑者と約三〇分間接見することができ、結局、準抗告の申立てをしなかった。

ウ 同年二月四日の経過について

原告は、同日午後三時三〇分頃、牛江検事に対し、電話で、「翌日の九時半頃から三〇分位被疑者佐藤と接見したい。もっとも三〇分と言っても、もっとかかることもありますよ。」と申し出てきた。そこで、牛江検事は、前記のような本件被疑事件の性格、当時の捜査の具体的な進行状況、翌日の同月五日も午前九時半頃から警察において被疑者の取調べを予定していたこと等を考慮した結果、接見指定をする必要があると判断し、原告と接見の時間帯及び接見時間について協議し、結局午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間に一五分間接見する旨の合意が成立した。

牛江検事は、翌日の接見であり、原告に指定書の受領、持参を求めても特に過重な負担を課すものではないと考え、手続の明確化を図る観点から、原告に対し、「指定書を取りに来ていただけますか。」と聞いたところ、原告は「そういうものはなくても会えるはずだから、取りに行かない。」と主張した。これに対し、牛江検事が一般論として「指定書がなければ会えない。」と述べたが、原告はこれに応じなかったので、牛江検事は「そういう見解なら、勝手に行かれたらどうですか。」と言い、原告とのやりとりを終えた。牛江検事は、同日午後五時頃、検察事務官を通じて、宮口係長に対し、「明日佐藤に弁護士の佐々木先生が九時三〇分から一〇時三〇分までの間、一五分間接見に行くから接見さしてくれ。」と電話連絡し、それを受けた宮口係長は、田所巡査部長に牛江検事からの右連絡を伝え、田所巡査部長は更にこれを被疑者に伝えた。

一方、原告は、同日午後五時半頃、岡山西警察署の松田係長に別件について電話し、「翌日九時過ぎ、九時半になるかも分からないが、その頃に西署に行かしてもらう。」と連絡した。原告の西署での用件は、原告が受任した被疑者吉田某の事件で、その一、二日前に示談が成立し、告訴を取り下げたので、右事件の担当官に同人を送致しないよう要請しに行くことであった。

エ 同年二月五日の経過について

原告は、同日午前八時二八分頃、司法修習生二人と共に東署に赴いた。中浜警部補が午前八時四〇分頃、留置事務室に入ると、原告が既に同室の中で待っており、池畠巡査長から原告が被疑者との接見に来ていることを告げられた。そこで、中浜警部補が原告に対し、「指定書はお持ちでしょうか。」と尋ねたところ、原告が「そんなものは必要ない。」と答えた。このため、中浜警部補は、同年一月三〇日の際と同様に、捜査主任官の宮口係長に電話し、原告が被疑者との接見に来ていることを伝えて指示を仰いだところ、宮口係長は、「その接見のことなら、前日の夕刻、牛江検事さんから佐々木弁護士さんが接見に見えたら九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見をさすようにと言ってきておりました。」と答えた。そこで、中浜警部補は原告に対し、「今、宮口警部補から聞きましたが、牛江検事さんが九時三〇分から一〇時三〇分までの間、一五分間接見さすようにと言ってきているので少しお待ち下さい。」と言ったところ、原告は「会わせりゃよかろう、何で会わせんのだ。」と言うばかりであった。このため、中浜警部補は原告に対し、「検事さんからも九時三〇分からと言っておられるのでお待ち下さい。」と言ったり、「丁度今運動の時間でもあるんで少し待っていただきたい。」と言ったりしたが、原告は「そんなことを言わんでも会わせりゃよかろう。まだ自分は九時過ぎから九時半位までの間に西署の方へも行かなならんし。」と言ってこれに応じようとせず、双方とも譲歩しなかった。その後、原告は中浜警部補に対し、「あなた何と言われますか。」と聞き、中浜警部補が氏名を答えるとこれをメモし、更に「九時半頃に来るとすれば、そのときには具体的指定書を持参する必要があるのか。ないのか。」と尋ねたので、中浜警部補は「指定書はなくても構いません。」と答えた。そして、原告は司法修習生に「コーヒーでも飲みに行くか。」と言ってそのまま出て行ってしまった。

原告は、同日、牛江検事らの右対応に対して準抗告を申し立てたが、当裁判所は、同月七日、「右具体的指定は、……弁護人の前日の申入希望時刻に沿ったものである以上、弁護人としては、この自己の申入時刻を守って、時刻の到来を待って接見するのが至当であ(る。)」等と判示して、原告の右申立てを棄却する旨の決定をした。

(2) 原告の主張する刑事訴訟法三九条三項の解釈の不当性

ア 原告は、刑事訴訟法三九条三項に基づく接見指定の要件である「捜査のため必要があるとき」とは、被疑者の身柄を利用して捜査を行っている場合に限られる(いわゆる限定説)とし、前記最高裁判所判決も同旨であるとしたうえ、更に、接見交通権は「直ちに接見する権利」であるから、現に取調べ中の場合であっても、捜査機関としては接見交通権を優先させなければならないとする。そして、接見指定とは、単に「直ちにされるべき弁護人と被疑者との接見につき、それが長きに及んでは時間的制約のある捜査に支障をきたすこととなるので、これを避けるため接見終了時刻を画することにより、被疑者の取調べ等の時間を確保することができるだけのもの」であるとの見解を導き出し、この見解等に立脚して本件における牛江検事の措置が違法であると主張する。しかし、原告の右主張は同条項の解釈として採用できないものである。すなわち、以下に詳述するとおり、「捜査のため必要があるとき」として指定権を行使できる場合とは、当該事件の内容、捜査の進展状況、弁護活動の態様などの諸般の事情を総合的に勘案し、弁護人又は弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被疑者との接見が無制約に行われるならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施すべき捜査手段との関連で、事案の真相解明を目的とする捜査の遂行に支障が生ずる虞が顕著と認められる場合をいうものと解すべきであって、原告が主張するように、現に被疑者の身柄を利用して捜査を行っている場合に限られるものではなく、まして、接見交通権とは「直ちに接見する権利」であるから、取調べ中であっても、取調べを中断させて接見することができる権利であるとも解されないのである。

イ 前記最高裁判所判決は、原告の主張するような限定説を採用したものではない。すなわち、右判決は、警察官が警察署において逮捕中の被疑者を現に取調べ中に、弁護人となろうとする者が当該取調べ警察官に対し、当該被疑者との第一回目の接見を求めたという事案に関するもので、当該取調べ警察官が、弁護人となろうとする者に対し、被疑者留置規則二九条により、専属的に指定権を有する捜査主任官の接見指定を受けるように要求したことの当否及びその前提としての被疑者留置規則の対外的効力が争点となり、最高裁判所がこの点につき判断を示したものである。右判決は、刑事訴訟法三九条三項は「身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため」に設けられた規定であるとの見解を示したうえ、「現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合」には、捜査機関が接見のための日時等を指定できる旨判示しているところ、その趣旨は、当該事案において、警察官が現に被疑者を取調べ中であったことから、当該事案に即して捜査の中断による支障が顕著な場合を例示したものと解すべきである。すなわち、右判決は、接見指定権行使の要件としての「捜査のための必要があるとき」に該当する場合を網羅的に判示したものではなく、当該事案との関係で被疑者の取調べ中に係る場合を例示したものに過ぎないのであって、その他にも接見指定権を行使できる場合があることは、当然の前提とされているものである。右判決は、同判決が挙げた場合以外で、接見指定をすることができるのはいかなる範囲であるのかについて、「捜査の中断による支障が顕著な場合」とするだけで、具体的な判断は示していない。この点につき、判例解説(最高裁判所判例解説民事編昭和五三年度二六七頁以下)においても、被告の右主張と同旨の見解を採ったうえ、右判決の挙げた場合以外で接見指定ができる場合として、「これから被疑者の取調べを開始しようとしているとき、また検証等に同行しようとしているとき、又は具体的に取調べなどの予定がされていてその機会をはずしては参考人の取調べなどとの関係から真実発見の妨げになることが予想されるときなどは含めてよいであろう。」とされている。右判例解説においても限定説が採られていないことは明らかであり、捜査の中断によって真実の発見が妨げられることが予想される場合には、接見指定を許容しているものと解される。

さらに、右判決に対する判例評釈をみても、限定説を採用したと解する学説もあるが、田宮裕教授は、「〈1〉『捜査の中断による支障が顕著な場合』という抽象的用語でしめくくっており(厳密な限定説は、身柄の利用という極めて具体的観察方法に立つ。)、また、〈2〉限定説によれば捜査の現場の担当者が判定できる事項のはずなのに、本件では、捜査本部の指示を仰ぐのを適法としており(捜査本部なら「捜査の必要」をより総合的に判断できる。)、限定説の特色が弱まっており、やや折衷的色彩を帯びたともいえよう。」(法学教室八二号六八頁)と述べているし、渥美東洋教授は、限定説を否定する立場に立ち、その論拠として右判決を援用している(「取調と供述に関する法理」法曹時報三九巻五号三四頁)。

ウ 刑事訴訟法三九条三項は、被疑者の弁護人等との接見交通権と捜査の必要性との調整を図るための規定であり、その解釈に当たっては、刑事訴訟法の究極の目的である実体的真実発見と刑罰権の迅速かつ適正な実現という使命を負っている捜査機関の捜査の必要性と、身柄を拘束されている被疑者の権利を保護し、防禦活動を十分に行うために重要な意義を有する接見交通権との調和点がどこにあるかを探究しなければならない。その調和点を求めるためには、以下に述べるとおり、接見交通権と捜査権についての正当な法的な位置付け、我が国の刑事手続に占める検察官の地位、役割と捜査手続上の諸々の制約、更にこれまでの我が国における捜査実務の実情等を考察する必要がある。

まず、接見交通権と捜査権についての法的な位置付けについて検討すると、刑事訴訟法三九条一項に定められた接見交通権は、前記最高裁判所判決のいうとおり、憲法三四条前段のいわゆる弁護人依頼権の保障に由来するものであるとしても、決して無制限、無制約なものではなく、また、原告主張のような、何時、いかなる時にも直ちに接見することができる権利を保障したものでもない。右接見交通権は、右判決においても明らかにされているように、憲法三四条によって直接認められた権利ではなく、同条の趣旨に基づき刑事訴訟法によって規定された権利である。他方、捜査機関の接見指定権は、捜査、すなわち、犯罪の嫌疑がある場合に、公訴の提起、追行のために犯人を探索し、証拠を収集保全する必要から認められた権限である。そして、捜査の実施は、国家が本来的に有している刑罰権を行使するための必須の前提となるものであり、憲法も国固有の権限としての刑罰権の存在を踏まえて、同法三一条ないし 四〇条の各規定を設けているのであるから、憲法上、弁護人等の接見交通権と捜査機関の接見指定権のいずれかが他に優越する関係にあるとはいえず、両者は、相互の均衡調和を保ちつつ運用されることが要請されているものというべきである。

さらに、被疑者の弁護人等の接見交通権が捜査機関の接見指定権に優越するものでないことは、刑事訴訟法三九条二項の規定からも明らかである。すなわち、同条項は、「前項の接見又は授受については、法令(裁判所の規則を含む。以下同じ。)で、被告人又は被疑者の逃亡、罪証の隠滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができる。」と定めており、被疑者の弁護人等との接見交通権といえども本来的に無制限、無制約なものではなく、弁護人等の接見の内容によっては、その意図とは無関係に罪証隠滅等の結果が発生する場合があることを前提として、そのような事態の発生を未然に防止するために接見交通権を制限できることを認めているのである。

次に、検察官の地位、役割及び捜査手続上の制約について検討すると、まず、我が国の刑事訴訟における検察官と被告人(被疑者)との関係、殊に捜査手続における両者の関係は、民事訴訟における原告と被告との対立関係とは根本的に異なることに留意すべきである。検察官は、形式的には当事者の一方として捜査に関与するようにみえるが、実質的にみると、公訴権を独占するとともに、起訴便宜主義の採用による広範な訴追裁量権を与えられている(刑事訴訟法二四七条、 二四八条)のであるから、公益の代表者として客観的な立場で公正誠実に職務を行うべき責務を負っており、その責務を果たすための当然の前提として、事件の実体的真実を明らかにし、十分な心証を形成するとともに、情状面に関する事情についても、これを的確に把握することが求められている。すなわち、検察官は、起訴、不起訴を決定するに至る捜査の全過程において、事件の実体的真実発見及び的確な情状把握という責務を負っており、これが我が国の刑事手続の基本として位置付けられるのである。現に、我が国の検察官は、必要に応じて直接被疑者及び関係参考人を取り調べるなど事案に即した捜査手段を尽くしたうえ、有罪の心証を得た場合に初めて公訴を提起し、また、右場合であっても、情状についても綿密に審査し、赦すべき者は赦すという細心な公訴権の運用を行ってきている。このようにして、我が国の刑事手続においては、事案に即した妥当な公訴権の運用が図られるとともに、国際的に類例のない高い有罪率が維持され、治安の維持に寄与しており、このような実体的真実主義を基本とする綿密な捜査とそれに基づく細心の公訴権の運用については、広く国民の理解と支持が得られており、このことが、国民が刑事司法に深い信頼を寄せる原因の一つになっているのである。

ところで、捜査手続をみると、いわゆる身柄事件については、被疑者に対する身柄の拘束が認められる期間は、勾留期間が延長された場合でもわずか二三日に過ぎず、他方、事件関係者の供述を得る法的手段としては、米国における大陪審手続きのように被疑者を含めて関係者の出頭及び供述を確保する手続きはなく、例外的に起訴前の証人尋問を請求できる場合を除き、専ら関係者の任意の供述を期待するほかはないのである。我が国と刑事実体法の体系をほぼ同じくする西ドイツにおいては、起訴前の勾留期間は、原則として六か月とされているうえに、更新が認められることになっており(西ドイツ刑事訴訟法一二条一項、 一二二条)、被疑者には検察官に対する出頭義務が、参考人には右出頭義務のほか供述義務があり(同法一六一条a一項、一六三条a三項)、検察官は、参考人の理由のない出頭拒否や供述拒否に対して一定の制裁を科すことができることになっている(同法一六一条a二項)。また、フランスにおいては、予審判事による起訴前の勾留は四か月であり(フランス刑事訴訟法一四五条二項)、重罪を犯した者のほか、軽罪を犯した者であっても一定の前科のある者については、無制限に勾留を延長することができる(その余の軽罪事件については一回二か月のみの延長が認められる。同条二項、 三項)ことになっている。そして、重罪事件はもとより、軽罪事件であっても起訴前の勾留が八か月ないし一年にも及ぶことがあるのが実情である。これらの欧米の場合と比較すると、我が国の検察官は、公益の代表者として、綿密な捜査を主宰し、独占的な公訴権を細心に運用する厳しい責務を負っているにもかかわらず、捜査の期間や捜査の手段等は厳しく制約されているのであり、このことは、接見交通権と捜査権との調和点を考える場合に十分考慮されなければならない。前記最高裁判所判決も、前記のとおり、刑事訴訟法三九条三項を「身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため」設けられた規定である旨指摘しているところである。

さらに、我が国における捜査実務の実情をみれば、前記のとおり、我が国の検察官は、公益の代表者として被疑者、被告人の人権にも十分配慮しつつ、実体的真実の探求と国家刑罰権の迅速、適正な行使に努めているが、実体的真実の発見といっても刑事事件は種々様々であり、例えば、被害者、目撃者等の供述又は物証により事件の全貌を把握できる事件であれば、捜査による真相の解明も比較的容易であるが、被害者、目撃者等が存在せず、かつ被疑者相互間で隠密裡に敢行される汚職事犯、選挙運動の買収事犯、暴力団、過激派等の背後組織の存在する集団事犯等の場合には、被疑者の供述が主たる証拠にならざるを得ないため、右供述についてその内容を十分に分析し、慎重に裏付け捜査を行うことにより、初めて検察官が心証を得ることができ、それ以外に有効適切な方法は存しないのである。このような困難な捜査過程において、弁護人等に自由かつ無制約な接見交通を認めれば、被疑者の供述と外部の者の供述が相互に伝達される場合があることは否定できず、その結果、弁護人等がたとえ善意であっても、裏付け捜査によって各供述の真否を確認することが更に困難になるばかりか、口裏を合わせた供述は相互に合致することから、内容が真実と異なるにもかかわらず、真実味を帯びるため、検察官に誤った心証を抱かせる虞が生じることになる。

そのうえ、検察官が被疑者の弁護人等との接見交通について指定権を行使するのは、特殊例外的な場合に限定されており、身柄事件のうちせいぜい一〇パーセント台とみられるのであって、他の大多数の事件においては、弁護人等の接見交通の機会は十分に保障されているのが実情である。また、検察官が接見指定権を行使した事件については、時に準抗告による司法判断も積み重ねられており、事件の内容、態様に応じた接見指定権の行使に関する一定の慣行が形成され、刑事事件の捜査実務において既に定着している。したがって、接見指定制度の運用は、捜査の必要性と被疑者の弁護人等との接見交通権との均衡と調和の上に立って実務上定着しているのであるから、一方的に捜査の必要を抑制するような解釈は、右均衡と調和を破り、捜査ひいては刑事訴訟の前記目的の実現に重大な影響をもたらすものといわざるを得ない。

エ 以上検討したところによれば、接見交通権とは「直ちに接見する権利」であるから、取調べ中であっても取調べを中断させて接見させなければならないとの原告の主張が失当であることは自ずから明らかであり、また、刑事訴訟法三九条三項により捜査機関が接見指定権を行使できる場合を被疑者の身柄を利用して捜査を行っている場合のみに限定するのは明らかに不当であり、同条項の「捜査のため必要があるとき」とは、当該事案の性質、態様及び背景(当該事案が組織的、集団的、計画的犯行であるか否か等)、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法(汚職事犯、選挙買収事犯等のように当該事案の真相を解明するためには専ら被疑者、関係人の供述によらなければならない事案か否か等)、真相解明の難易、捜査の具体的進行状況(証拠の収集がどの程度行われているか等)、捜査計画、被疑者の供述状況、関係人の捜査機関に対する協力状況(罪証隠滅工作をしているか否か等を含む。)、弁護活動の状況(弁護人のこれまでの接見状況等)等当該事案に係るすべての事情を総合的に勘案し、弁護人等と被疑者の接見が行われるならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することになる捜査の遂行に支障を生じる虞が顕著である場合をいうものと解するのが相当である。この解釈は前記最高裁判所判決にも忠実な解釈であることは前述したとおりである。

(3) 牛江検事の行為の適法性

ア 昭和六一年一月三〇日の牛江検事の行為(第一次接見妨害)の適法性について

原告は、前記のような特異な見解を前提に、昭和六一年一月三〇日の牛江検事の行為が、接見指定権の要件を欠くばかりでなく、指定とは直ちに面会させたうえで、その接見終了時刻を画する趣旨のものであるのに、直ちに接見させなかったことは違法であると主張する。しかし、原告が、同日、牛江検事に対し、被疑者との接見を申し出た時点においては、接見指定の要件が存在していたうえ、牛江検事が指定した日時及び時間は、いずれも原告と牛江検事との協議に基づいたものであり、原告もこれを了承していたのであるから、牛江検事の右行為に何らの違法性はなく、原告の右主張は不当である。すなわち、本件事案の性格、同日の時点での捜査の具体的な進行状況、被疑者の取調べ状況等については、前記のとおり、被疑者に対して取調べを行う必要が顕著であったうえ、原告が接見を求めた時には、被疑者に対する取調べが開始されようとしていた状況にあったのであるから、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の要件が存在していたことは明らかである。

ところで、右のように接見指定の要件が存在する場合には、「弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人と打ち合わせることのできるような措置をとるべきである。」(前記最高裁判所判決)ところ、牛江検事は右判決の判示する趣旨のとおり、原告と協議して接見のための日時を指定したのであるから、同日における接見についての牛江検事の措置には何ら違法な点はないというべきである。なお、同日の接見につき、原告が当初予定した時間とは異なる時間に接見指定がされているが、右時間は牛江検事が一方的に指定したものではなく、原告と牛江検事とが協議して原告の予定が空いていた時間を選び、原告もこれを了承していた。原告が、あくまで即時に接見する意思があったのであれば、牛江検事との協議の際に、その趣旨を強く申し出るべきであったが、原告が即時の接見に固執していたものではないことは、原告がその翌日と翌々日に東京出張の予定が入っていることを挙げて、単に当日中の接見を希望したに過ぎなかったことからも容易に窺える。さらに、原告は、一八年間の弁護士経験の間に、違法又は不当と考える接見拒否については、すべて準抗告の申立てをしているというのであるが、同日の接見指定については準抗告を申し立てておらず、また、本件訴状においても、当初は同日の経過を接見妨害と主張していないことに照らせば、原告自身も、当時は牛江検事の右措置を違法又は不当な接見妨害であるとは考えていなかったことが明らかである。

また、原告は、本件被疑事件はいわゆる一般的指定すらされておらず、検察官としては具体的指定権を行使する必要のない事件と認識していた通常事件であり、勾留期間中を通じて、具体的指定権を行使する要件がないか、仮にあったとしても具体的指定までしなくてよい事件であったのであるから、検察官は、通常事件の慣行に従い、弁護人からの接見申し入れがあったときは、直ちに接見させなければならなかったと主張する。しかし、いわゆる一般的指定書は、検察官等の接見指定権を円滑に行使することができるようにするため、予め当該被疑事件につき指定権を行使することがある旨を監獄の長に通知する連絡文書に過ぎないものであり、したがって、事前に一般的指定書が交付されていない場合であっても、弁護人が具体的に接見申出をしてきた時点において、接見指定の要件があれば指定権を行使できることはいうまでもなく(逆に一般的指定書が交付されている場合であっても、接見申出の時点で接見指定の要件が認められなければ、当然、指定権を行使できない。)、原告の右主張も理由がない。

イ 昭和六一年二月五日の牛江検事の行為(第二次接見妨害)の適法性について

原告は、牛江検事が同月四日に宮口係長に対し、同月五日の接見は午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間に限るとの指示をしているが、右指示には、その余の時間帯については原告の接見を禁止する旨の処分を含んでおり、このような処分は刑事訴訟法三九条三項の具体的指定に該当し、その要件は存在しなかったのであるから、右指示は違法である旨主張する。

しかし、牛江検事は同日の原告と被疑者との接見につき指定権を行使しておらず、原告が同日早朝に被疑者と接見できなかったのは、原告が捜査機関に対し、自ら明らかにすべきことを明らかにせず、すべきことをしなかったからであって、牛江検事の具体的指定があったことを前提とする右主張は失当である。すなわち、牛江検事が、同月四日、宮口係長に対し「明日、佐藤に弁護士の佐々木先生が、九時三〇分から一〇時三〇分までの間、一五分間接見に行くから接見させてくれ。」と電話連絡した事実はあるが、その趣旨は、原告と被疑者との接見について日時を指定したことを連絡したものではなく、原告が、同日午後三時三〇分頃、電話で牛江検事の下へ、翌日九時判頃から被疑者と接見したいという申出をし、牛江検事との間で協議の結果、接見時間等については話し合いがまとまったが、最後に指定書による指定及びその受領、持参をめぐって論争となり、両者の話し合いが決着しないまま電話が切られたため、牛江検事は、原告が同月五日午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間の一五分間とする指定があったものと誤解して、その時間帯に接見に来ることがあるかもしれず、その場合には、右時間帯に接見が行われるのもやむを得ないと判断し、原告と警察との間で無用の紛争が生じることを回避しようとしたものであって、原告がその余の時間帯について新たな接見の申出をした場合に、その接見を禁じる趣旨のものではなかったのである。このような連絡は、原告の接見指定権を尊重するものではあっても、決してそれを侵害するものではない。また、その際に、原告がわざわざ申出の時刻よりも一時間も早く接見に来ることまで想定して警察に対応策を連絡しなかったからといって、そのことが不作為の違法となるものでないことは明らかである。

仮に、同月四日における牛江検事の原告との前記やりとりが接見指定であり、宮口係長に対する前記指示が当該接見指定の内容を警察に伝達した行為であると評価されるとしても、原告が牛江検事に対して接見の申出をした時点における捜査の進行状況等を考慮すれば、同月五日午前九時三〇分頃には、弁護人と被疑者との接見につき接見時間等の指定を行う必要があったことは前述のとおりであり、被疑者につき同日午前九時三〇分過ぎから現に取調べが行われていることからも、右指定が、「捜査のために必要があるとき」の要件を充たすものであったことは明らかである。また、右指定の内容は、接見の日時につき原告の申し出をそのまま認めたものであり、接見時間についても、原告は既に初回の接見は済ませ、当時さして長時間の接見を必要とする状況にはなく、牛江検事との協議により自ら了承したものであって、牛江検事は原告の接見を妨害する意図で右の時間を指定したものではなく、この点においても、牛江検事の右指定には何ら違法、不当な点は存しない。

原告の同日午前八時三〇分頃の接見申出は、その申出の時期、態様、内容等からみて、同月四日の牛江検事に対する申出とは別個の新たな接見の申出と評価すべきであるところ、本件被疑事件は、既に同年一月二三日岡山地方検察庁へ送致済みであり、本件捜査の主宰者は、担当の牛江検事であったというべきであるから、原告は、新たに牛江検事に対して接見の申出をするか、又は原告の応対に出た中浜警部補に対して新たな接見の申出であることを明らかにすべきであった。そして、原告が新たな接見の申出であることを明らかにし、又は牛江検事に連絡を取るよう中浜警部補に要求しさえすれば、従前の経過からして中浜警部補は牛江検事に連絡を取り、これを受けて牛江検事が指定権の行使の要否、方法等を検討したはずであり、原告も被疑者と円滑に接見することができたことは明らかである(なお、右のような連絡、検討、指定に必要かつ相当な時間は、接見が制約されてもやむを得ない。)。特に本件においては、原告は、前記のとおり、中浜警部補が原告の同年二月五日の接見につき既に牛江検事が具体的指定を行っていると認識し、それには十分な根拠のあることも知悉していたのであるから、本来原告としては、中浜警部補に対し、牛江検事は同日の接見については具体的指定をしていないこと、又はその時点での接見申出は原告の予定が変更となったための新たな接見の申出であることを明らかにすべきであったのであり、このようなわずかの労で目的を達することができたにもかかわらず、このような行為をすることなく、一方的に牛江検事の措置を避難する原告の主張は失当である。

ウ 以上のとおり、本件において原告が接見できなかったのは、原告自身の不適切、かつ不当な行動に起因するものであるから、牛江検事らの行為には何ら違法な点はなく、また故意、過失も存しない。

(4) 損害の不発生

原告は、本件において、同月五日朝に東署に到着した時点から分刻みで時計を見て本件の記録を取り、当初から接見拒否を予想して対応しているうえ、同日午前九時三〇分からの接見につき、同月四日に行った牛江検事との電話でのやりとりの後、ほどなく火急の用件もないのに岡山西警察署の松田係長との間で午前九時過ぎからの面会の約束を交わし、また、同月五日朝にも中浜警部補から、午前九時三〇分からであれば指定書がなくても接見ができることを聞かされながら、同時刻には被疑者と全く接見しようとせず、さらに、原告は準抗告申立ての後、その取扱につき電話をしてきた宮越検事との会話を無断で録音してその反訳を本件訴訟で証拠として提出しており、これらに原告の接見指定に対するこれまでの対応と、既に接見交通に関する国家賠償訴訟が全国的に多数提起されていたという本件当時の客観的な状況等とを総合すれば、原告の同月五日の理解し難い前記行動は、牛江検事との接見をめぐる論争や同年一月三〇日の中浜警部補の対応から予想されるところを利用して、殊更に違法な接見妨害の外形を作出し、接見交通に関する訴訟を提起するための行動であったと推認せざるを得ない。したがって、原告には、接見妨害による損害は何ら発生していない。

2  被告岡山県

(一) 請求原因に対する認否

(1) 請求原因1(当事者)の事実は認める。

(2) 同2(一)(1)(被疑者の勾留)の事実は認める。

(3) 同2(一)(2)(本件第一次接見妨害等)の事実のうち、原告が、昭和六一年一月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴き、中浜警部補に対し、被疑者と接見させるよう申し入れたこと、中浜警部補はすぐには接見させず、防犯課、岡山地方検察庁と電話で連絡を取り始めたこと、その間、被疑者が本件留置場から東署内の取調室に連行されて行ったこと、その後、原告が、電話で牛江検事と交渉したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(4) 同2(一)(3)(原告の初回接見の状況、具体的指定書の作成等)の事実のうち、原告が、牛江検事から同日午後四時の接見指定を受け、その頃、被疑者と接見し、被疑者から弁護人に選任されたこと、中浜警部補が、右接見の際、原告が接見指定書を持参しなかったにもかかわらず、被疑者との接見を認めたが、後日、牛江検事から右接見に係る具体的指定書が送られたので、中浜警部補が必要事項を記入し、署名押印してこれを牛江検事に送り返したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(5) 同2(一)(4)(本件第二次接見妨害等)の事実のうち、原告が同年二月五日午前中に東署において、中浜警部補に対し、被疑者と面会させるよう申し入れたこと、中浜警部補が宮口係長に右接見について問い合わせ、宮口係長から、牛江検事から同日午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させるようにと牛江検事が同月四日午後五時頃、宮口係長に対し、原告が接見に来たら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間の一五分間接見させてくれるよう連絡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(6) 同2(一)(5)(本件第二次接見妨害の際に被疑者の取調べが実施されていなかったこと等)の事実のうち、本件第二次接見妨害の際、被疑者に対する取調べが行われていなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(7) 同2(二)(その後の経過)の事実は知らない。

(8) 同3(接見交通権の侵害について)及び同4(牛江検事の措置の違法性)は争う。

(9) 同5(中浜警部補の措置の違法性)のうち、中浜警部補が、本件当時、東署の留置主任官(笠谷忠義)を補佐して、看守者を直接監督する地位にあったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(10) 請求原因6(牛江検事らの故意、過失)及び同7(原告の損害)は争う。

(二) 被告岡山県の反論

(1) 事実経過

ア 被疑者は、昭和六一年一月二一日、東署の警察官によって売春防止法違反容疑で逮捕され、東署に留置された。本件被疑事件は、同月二三日に岡山地方検察庁に送致され、同庁検察官が被疑者について勾留請求を行い、同日、一〇日間の勾留決定があり、その後更に一〇日間の勾留延長決定が行われ、被疑者は引き続き東署に留置された。本件被疑事件については、同庁の牛江検事が主任検察官としてこれを担当し、中浜警部補は、東署の留置主任官である警務課長の笠谷忠義警部を補佐して看守者を直接指揮監督していた。

イ 同月三〇日午前九時四五分頃、中浜警部補が東署留置事務室で執務していたところ、原告が同室に来て、被疑者との接見を求めた。被疑者については弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との接見禁止決定がされていたので、中浜警部補は、念のため、宮口係長に電話をし、原告の接見を認めても差し支えないか尋ねたところ、宮口係長は、自分の一存では判断できないので、捜査担当の牛江検事に問い合わせて欲しい旨答えた。そこで、中浜警部補は牛江検事に対し、原告が被疑者との接見のために東署に来ていることを電話連絡したうえ、接見の可否について指示を仰いだ。その後、中浜警部補は、原告と電話を替わり、原告が直接牛江検事と右接見について話し合い、結局、原告は被疑者と接見せずに帰って行った。

ところで、被疑者の捜査を担当していた岡山県警察本部防犯課防犯捜査主任の田所博巡査部長は、この間の同日午前九時五三分頃、被疑者を本件留置場から右留置事務室を経由して取調室に連行し、取調べを行った。その際、たまたま右留置事務室にいた中浜警部補と原告は、被疑者の姿を目撃している。右取調べが右時刻に行われたのは偶然であって、原告と被疑者の接見を妨害するために故意に行われたものではない。すなわち、田所巡査部長は、同日午前八時四五分頃から九時三〇分頃まで防犯課の部屋で宮口係長らと当日の捜査方針の打合せを行った後、午前九時三〇分頃から関係書類の整理や取調室に調書、筆記用具等を用意するなどの取調べの準備をした後、本件留置場に赴き、午前九時五三分頃に被疑者を留置場から取調室に連行し、被疑者の取調べを行ったものであり、田所巡査部長は、原告が被疑者との接見のため右留置事務室に来ていたことも、中浜警部補が宮口係長や牛江検事と連絡を取っていたことも全く知らず、それまでの予定に従って、被疑者の取調べのため留置場から取調室に連行したのである。

その後、同日中に、牛江検事から中浜警部補に対し「指定書は後から送りますから、原告が行ったら午後四時から午後五時までの間に三〇分間、被疑者佐藤と接見させて下さい。」という趣旨の電話連絡があった。そして、原告は、同日午後四時頃に東署に来て三〇分間の接見を行い、弁護人選任手続きを行った。その後、具体的指定書が送付されてきたので、中浜警部補は同書面に所定の事項を記入して返送した。

ウ 中浜警部補は、同年二月五日午前八時二五分から朝礼に出席し、朝礼後の駆け足の運動を済ませたうえ、午前八時四〇分頃に右留置事務室に戻ったところ、東署警務課管理係員で、留置人の護送職務を担当していた池畠工行巡査長から、原告が被疑者との接見のため東署に来ている旨告げられた。そこで、中浜警部補は、原告と面接し、先に同年一月三〇日の接見の際に具体的指定が行われていたことから、指定書を持参しているかを原告に対して尋ねたところ、持参していない旨答えた。さらに、中浜警部補は宮口係長に対し、原告が被疑者に接見するため東署に来ているが、右接見を認めてよいか電話で尋ねた。これに対して、宮口係長は、「前日に牛江検事から、明日原告が接見に行ったら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間接見させて下さい。」との電話連絡があった旨答えたので、中浜警部補は原告に対し、「今、運動の時間になっているし、検事も九時三〇分から一〇時三〇分までの間に一五分間と言ってきているので、暫く待って貰いたいのですが。」と言った。しかし、原告は、「会わしゃあよかろうが。何んで会わさんのなら。」と言うので、中浜警部補は「検事が九時三〇分からと言ってきているので。」と答えた。更に、原告は、「そんなに言わなくても。西署へも行かなくてはならないし。」と言い、中浜警部補は「そんなに言われても、身柄は既に検事に送致されており、検事は午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間と言ってきているし、今、運動の時間帯でもあり、運動させているので。」と答えた。すると、原告は中浜警部補に対し、「あんたは何という名前なら。」と尋ねたので、中浜警部補は「中浜高義といいます。」と答えた。原告はこのようなやりとりの後、一緒に来ていた司法修習生と思われる若い男と相談していたが、「コーヒーでも飲みに行ってくるか。」と言って、留置事務室から退去した。

池畠巡査長は、原告との応対を中浜警部補に引き継いだ後、本件留置場内に赴き、留置人の運動の監視業務を開始したが、東署では、通常毎日午前八時三〇分頃から午前九時三〇分頃までの間に、概ね三〇分間、適宜留置人を運動場で運動させていた。池畠巡査長は、被疑者がその収容されている房を出て運動場に向かって歩いて行くのを見掛けたので、「弁護士が面会に来ていたぞ。」と声を掛けたところ、前日の夕刻の取調べの際に田所巡査部長から、翌朝原告が接見に来ることを聞かされていた被疑者は、運動場へ行く途中で、一人接見室に向かった。被疑者は、接見室付近で監視業務を行っていた東署警務課管理係の高塚広次巡査長から「何処に行きょうんなら。」と声を掛けられたので、「接見じゃ。」と答えて一人で接見室に入ったが、間もなく接見室を出て、運動場に行った。なお、その際、被疑者が、中浜警部補とは別の係員によって接見室に入れられ、原告と接見するため待機していたような事実はない。

宮口係長は、その前日である同年二月四日午後五時頃、牛江検事から「明日、原告が接見に行ったら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間接見させて下さい。」との電話連絡を受けていた。そこで、前記のとおり、同月五日午前八時四五分頃に中浜警部補から電話で問い合わせがあった際、右電話連絡のとおり答えたものである。宮口係長は、その直後頃に、念のため、原告が接見に来ていることを連絡しようと牛江検事に電話したが、連絡を取れなかった。また、中浜警部補は、同日午前九時三〇分に原告が再び接見のため東署に来るものと考え、原告を待っていたが、現れなかった。

(2) 中浜警部補の行為が不法行為を構成しないことについて

ア 東署における接見の実情について

東署に留置されていた被疑者について、検察官から刑事訴訟法三九条三項の接見指定が行われる場合、予めいわゆる一般的指定書が送付されて来る場合と、送付されて来ない場合とがあり、一般的指定書の送付がない場合の方が多く、したがって、検察官が一般的指定書の送付がない被疑者に対して接見指定を行うことが多くあった。そのため、東署で被疑者の留置管理に当たっていた中浜警部補は、従前から弁護人又は弁護人となろうとする者から被疑者との接見の申出があった場合には、警察の捜査主任官又は担当の検察官に接見の可否につき問い合わせ、その指示に従って処理する取扱をしていた。中浜警部補は、捜査に全く関与しておらず、捜査の必要性を判断して接見指定をする権限を有していない者であるから、右取扱は妥当な措置であったというべきである。本件被疑事件における同年一月三〇日(第一回)及び二月五日(第二回)の各接見のいずれについても、このような東署の従前からの取扱に従って処理されていた。

原告は、本件では一般的指定書が発布されていない、いわゆる通常事件であるから、中浜警部補は、原告が接見の申出をしたときは、捜査主任官や担当検査官に問い合わせるまでもなく、直ちに接見させるべきであった旨主張する。しかし、前記のとおり、一般的指定書が発布されていない被疑者についても接見指定が行われることが多くあったことに鑑みると、原告の右主張は、右留置実務の実情を無視したもので、失当である。

イ 同年一月三〇日(第一回)の接見について

中浜警部補は、同年一月三〇日午前九時四五分頃、原告から被疑者との接見の申出があったため、従前からの取扱に従って、本件被疑事件の捜査主任官であった宮口係長に対し、接見の可否について電話で問い合わせたところ、宮口係長が、自分の一存では判断できないから、担当検察官である牛江検事に問い合わせて欲しい旨答えた。そのため、中浜警部補は牛江検事に対し、接見の可否を電話で問い合わせたところ、牛江検事から、原告に電話口に出て欲しい旨の指示を受けた。そこで、中浜警部補は、原告に電話を代わり、原告は牛江検事と電話で接見につき協議し、同日午後四時から五時までの間の三〇分間の接見指定を受け、同日の午前中は被疑者との接見は行わずに帰ったのである。

以上の経過からすれば、中浜警部補は検察官に対し、接見指定を行うか否かを問い合わせただけで、原告の第一回の接見を妨害したことはなく、また、原告に対し、牛江検事との接見の協議を強制し、これを行わないと被疑者との接見を拒否するとの態度を示したこともないのであるから、その行為には違法性も故意、過失も存しない。

ウ 同年二月五日(第二回)の接見について

弁護人らの接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人等の援助を受けるための刑事手続上最も重要な基本的権利であるとともに、弁護人の立場からすれば、その最も重要な固有権の一つであることはいうまでもない。したがって、代用監獄である警察署の留置場に留置されている被疑者について、その管理に当たる職員も、接見交通権の右重要性を認識し、その職務の遂行に当たっては、これを違法に制限したり、妨害したりしてはならないことは当然である。しかし、他方、刑事訴訟法三九条三項は、捜査のため必要がある場合には、検査官等が指定権を行使して接見交通権を制限することを認めているのであるから、検察官等が接見指定を行った場合には、それが明らかに違法であると認められる特段の事情が存しない限り、被疑者の留置管理に当たる職員としては、当該検察官等の指示に拘束され、右指示に従ってその留置管理を処理すべきことはその職責上当然のことである。被疑者の留置管理に当たる職員は、接見指定の権限を有しないのであるから、検察官等の接見指定の是非やその内容の当不当を判断したり、又は、独自の判断により接見の機会を付与する余地は存しない。

したがって、中浜警部補は、同月四日に牛江検事が行った接見指定が明らかに違法であると認められる特段の事情が存しなかったので、牛江検事の指示に従い、指定の時刻まで待って貰いたい旨原告に対し伝えたもので、中浜警部補の右行為に違法性は存しない。また、仮に牛江検事の前記接見指定が違法であったとしても、その指示が明らかに違法とは認められない以上、その指示に従った中浜警部補に故意、過失は認められない。

なお、原告は、同月五日午前八時三〇分(被告岡山県は、午前八時四〇分頃と主張する。)の接見申出に対し、中浜警部補は捜査主任官又は担当検察官に接見の可否を問い合わせるべきであったにもかかわらず、これを怠ったのは違法である旨主張するもののようであるが、前記のとおり、中浜警部補は、原告からの接見申出を受けて、直ちに捜査主任官の宮口係長に接見の可否を問い合わせたところ、「前日に牛江検事から、明日原告が接見に行ったら、午前九時三〇分から午前一〇時三〇分までの間に一五分間接見させて下さい。」との趣旨の電話連絡を受ている旨の返答を得たので、中浜警部補は原告に対し、「今、運動の時間になっているし、検事も九時三〇分から一〇時三〇分までの間に一五分間と言ってきているので、暫く待って貰いたいのですが。」と答えている。このような中浜警部補の返事を聞けば、原告としては、それが前日の原告と牛江検事との交渉に起因する措置であることを容易に理解できたはずである。そうであれば、原告は中浜警部補に対し、前日の牛江検事との協議の経緯を説明して、午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間における一五分間の接見指定が成立していないとか、又はその協議の後に新たな事態が発生して、その協議とは別の新たな接見の申出をしている等の事情を述べて、再度担当検察官に接見の可否を問い合わせるよう申し出るべきであった。このようなことは、格別の手間を要するものではなく容易なことであるにもかかわらず、原告は、直ちに接見させるべきことのみを要求する態度に終始している。中浜警部補及び宮口係長は、前日の原告と牛江検事との接見指定に関する協議の経緯を知らされていないので、前日の牛江検事からの電話連絡を担当検察官による接見指定と受け止めたことは無理もない。そして、接見指定は、弁護人と担当検察官との事前の協議に基づいて決定されるのが実務の通常の取扱であり、原告から前記のような別段の申出もなく、また約四五分間待ちさえすれば、接見することができたのである。このような経緯からすると、中浜警部補の行為が違法でないことは明らかである(なお、宮口係長は、原告の申出とは別個に、中浜警部補からの前記問い合わせの後、牛江検事に電話連絡をしたが、結局前記のとおり連絡が取れなかったものである。)。

エ 原告の損害

第二回の接見に関し、原告が受けたと主張する損害の内容を実質的に検討すれば、中浜警部補の行為によって、せいぜい同日午前八時四五分頃から午前九時三〇分頃までの間、接見が遅れただけであり、しかも、それは原告が前日に申し出た時刻よりも早く東署に赴いて被疑者との接見を申し出たために生じたもので、原告自信が甘受すべきものであることをも併せ考えると、原告には未だ損害賠償の対象となるべき損害が生じているとはいえない。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1(当事者)、同2(一)(1)(被疑者の勾留)の各事実、及び原告が、昭和六一年一月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴き、中浜警部補に対し、被疑者と接見させるよう申し入れたこと、その後、原告が、電話で牛江検事と交渉したこと、原告が、牛江検事から同日午後四時の接見指定を受け、その頃、被疑者と接見し、被疑者から弁護人に選任されたこと、中浜警部補が、右接見の際、原告が接見指定書を持参しなかったにもかかわらず、被疑者との接見を認めたが、後日、牛江検事から右接見に係る具体的指定書が送られてきたので、中浜警部補が必要事項を記入し、署名押印してこれを牛江検事に送り返したこと、原告が同年二月五日午前中に東署において、中浜警部補に対し、被疑者と面会させるよう申し入れたこと、中浜警部補が宮口係長に右接見について問い合わせ、宮口係長から、牛江検事から同日午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させるようにと言ってきているとの回答を得たこと、牛江検事が同月四日午後五時頃、宮口係長に対し、原告が接見に来たら、午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させてくれるよう連絡したこと、本件第二充接見妨害の際、被疑者に対する取調べが行われていなかったこと、中浜警部補が、本件当時、東署の留置主任官(笠谷忠義)を補佐して、看守者を直接監督する地位にあったことは、原告と被告らとの間において争いがない。

また、原告が、同年一月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴いた後、電話で牛江検事と直ちに接見させるよう交渉したところ、牛江検事が、「現在既に被疑者の取調べが開始されており、捜査の必要上、接見させるわけにはいかない。接見すべき日時を別に指定するので申し出られたい。」旨述べたこと、同月四日午後三時三〇分頃、原告が牛江検事に対し、電話で、「明日午前九時三〇分頃に少なくとも三〇分間接見する。」旨伝えたこと、牛江検事が原告に対し、指定書を取りに来るよう求めたところ、原告がこれを拒否したこと、原告が、同月五日、牛江検事らの処置につき当裁判所に対し、準抗告の申立てをしたこと、同裁判所が、同月七日、右準抗告申立てにつき、これを棄却する旨の決定をしたことは、原告と被告国との間において争いがない。

さらに、原告が同年一月三〇日午前九時四五分頃、東署に赴いて被疑者と接見させるよう申し入れていた間、被疑者が本件留置場から東署内の取調室に連行されて行ったことは、原告と被告岡山県との間において争いがない。

二  右原告と被告らとの間において争いのない事実に、<証拠略>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件被疑事件は、首謀者である小野博行が岡山市内の田町、柳町の七、八店のバー等のホステスに組織的に売春させていたもので、被疑者(佐藤)は右小野の下で会計、経理等の重要な役割を担当していたが、右小野と被疑者(佐藤)は売春における周旋行為等の実行行為には関与していなかったことから、右両名については、共謀関係の存否が捜査の焦点となっていた。東署では、昭和六〇年夏頃から本件被疑事件の捜査に着手し、同年一一月頃からは、末端の実行行為者を次々に検挙するとともに、被疑者(佐藤)を昭和六一年一月二一日に逮捕した。その後、被疑者(佐藤)は、同月二三日、東署の本件留置場に勾留され、併せて刑事訴訟法八一条に基づく接見禁止決定を受けた。

2  本件被疑事件の捜査については、東署の宮口係長が捜査主任官となり、同人の部下である田島巡査部長、前田巡査部長、大西巡査のほか、岡山県警察本部防犯課の田所巡査部長が応援に加わり、田所巡査部長が被疑者(佐藤)の取調べを担当していた。さらに、本件被疑事件が同月二三日に検察官に送致された後は、牛江検事が主任検事となって捜査を担当した。なお、牛江検事は、被疑者につきいわゆる一般的指定の処置は取らなかった。

東署の中浜警部補は、東署の留置主任官であった警務課長笠谷忠義の指揮下にこれを補佐し、看守監督として本件留置場の管理業務を行っていた。東署では、捜査と被疑者の留置事務とは分離されており、留置事務の担当者であった中浜警部補は、被疑者留置規則(昭和三二年八月二二日国家公安委員会規則第四号) 二九条二項の接見指定をする権限を有していなかった。

3  当初、被疑者は犯行を否認しており、同月二二日には犯行の否認を内容とする警察に対する供述調書が作成されたが、その後自白に転じ、同月二七日、二八日、三〇日、三一日、同年二月一日、三日、四日、五日、六日、七日にそれぞれ自白調書が作成された。また、牛江検事も被疑者を取り調べ、同年一月二九日、同年二月四日、七日、八日、一〇日にそれぞれ自白を内容とする検面調書を作成した。被疑者は同月二七日に釈放されるまで、本件留置場に留置されていたが、同年一月三〇日には、午前九時五三分から午後零時一三分まで、午後一時二〇分から三時五六分まで、午後四時三六分から六時四五分まで、同年二月五日には、午前九時三一分から一〇時四八分まで、午後一時一五分から四時三〇分まで、午後五時二五分から七時までの各時間帯にそれぞれ取調べ又は接見等のために本件留置場外に連れ出されている。

なお、本件売春防止法違反被疑事件については、被疑者(佐藤)を含む一〇名程度の被疑者の身柄を拘束して取調べをしており、東署でも、被疑者(佐藤)が逮捕された同年一月二三日の時点において既に五名の被疑者を逮捕していた。また、首謀者である右小野は、同年二月一日に逮捕され、当初犯行を否認していたが、同月六日から自白に転じている。

4  原告は、被疑者が本件被疑事件で逮捕される以前に、被疑者から、弁護人になってくれるよう依頼されていた。そこで、原告は、右依頼に応じ、被疑者と接見するため、昭和六一年一月三〇日午前九時三〇分頃に東署に赴き、中浜警部補に対し、被疑者と直ちに接見させるよう申し出た。原告の右申出に対し、中浜警部補は、東署留置事務室内の同人の机の後側の壁に貼ってある留置人の名札を見たところ、被疑者が接見禁止決定になっていることを確認した。そこで、中浜警部補は、従来、接見禁止決定になっている被疑者については、ほとんどの弁護士が接見指定書を持参して来ていたことから、原告に対しても、接見指定書を持参して来ているか否かを尋ねた。これに対して、原告は、そのようなものは必要がないと言い、接見指定書を持参しなければならない書類があるのであれば見せるようにと要求した。そこで、中浜警部補は、被疑者について一般的指定書が発せられているものと思い込み、右留置事務室内にあるロッカーの中を捜したが、見付からなかったので、被疑者の接見禁止決定書を原告に見せたが、原告は納得しなかった。そこで、中浜警部補は、本件被疑事件の捜査主任官の宮口係長に電話し、原告が被疑者との接見に来ているが接見させてよいかを問い合わせた。これに対して、宮口係長は、本件被疑事件が既に検察官に送致されていたことから、主任検事の牛江検事に連絡するよう指示した。そこで、中浜警部補は、牛江検事に電話し、原告が被疑者と接見したいと申し出ているが、接見させてよいかと尋ねた。これに対して、牛江検事は、その当時の被疑者の取調べ状況、今後の取調べの予定を確認するため、電話で東署の防犯課に確認したところ、被疑者は丁度取調室に入ったばかりで、これから田所巡査部長が取調べにかかるところであるとの返答であった。そこで、牛江検事は、中浜警部補に電話を入れ、原告と代わってもらい、電話口に出た原告に対し、右状況を説明して、接見の時期をずらして欲しいと要請し、両者で協議した結果、同日午後四時から五時までの間の三〇分間という合意が成立した。

5  本件被疑事件は、組織的に捜査していたことから、毎朝、当日の捜査を開始する前に、前日の捜査結果等の報告や当日の具体的な捜査方針の決定などのために捜査員による会議が行われていたが、同日も午前八時四〇分頃からこの定例の会議が行われ、午前九時四五分頃までには会議を終え、田所巡査部長が被疑者の取調べを行うため、被疑者に付ける腰繩、調書用紙等を持参し、捜査主任官である宮口係長に対して、これから被疑者の取調べに入る旨報告したうえ、取調室に向かった。中浜警部補から宮口係長に前記電話連絡が入ったのは、田所巡査部長が右のとおり取調室に向かった後であった。ところで、右のとおり、原告が右留置事務室で接見申入をしていた際、田所巡査部長が被疑者を取り調べるため、被疑者を本件留置場から連れ出し、取調室に向かう途中に留置事務室を横切った際、原告がこれを目撃した。

6  その後、同日昼頃、牛江検事は中浜警部補に対し、原告が被疑者に接見に来たら、午後四時からの一時間の間に三〇分間接見をさせるようにと電話連絡するとともに、その際、接見指定書は後で東署に送付する旨を併せて連絡した。

原告は、従前から、接見の際に、具体的指定書の交付を受けて持参したことはなかったことから、同日の接見についても、具体的指定書を持参しないまま接見しようと考えたが、具体的指定書を持参していないことを理由に接見が拒否されるかもしれないと考え、接見が拒否された場合に備えて準抗告申立書を事前に作成したうえ、同日午後四時頃、被疑者と接見するため東署に赴いた。そして、原告は中浜警部補に対し、牛江検事から連絡があったと思うが、被疑者に接見に来たと申し入れた。これに対し、中浜警部補は、牛江検事から前記電話連絡があったので、具体的指定書なしに原告と被疑者を接見させた。そこで、原告は、同日午後四時頃から約三〇分間、被疑者と接見し、原告を被疑者の弁護人に選任する旨の弁護人選任届を作成した。そのため、原告は、右準抗告申立書を使用する必要がなくなった。

右接見後、具体的指定書が牛江検事から東署に送付されてきたので、中浜警部補はこれに必要事項を記入し、牛江検事に返送した。

7  原告は、同月四日午後三時三〇分頃、牛江検事に電話し、明日の午前九時半頃に、少なくとも三〇分間面会する旨申し入れ、両者間で協議した結果、翌日の午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間で合意に達した。これに引き続き、牛江検事が原告に対し、具体的指定書を受け取りに来るか否かを尋ねたところ、原告は、具体的指定書がなくても会えるとして受け取りに行くことを拒否した。このため、牛江検事は、具体的指定書がなければ接見できないとの一般論を述べ、原告はこれに反論して両者間で議論になったが、牛江検事は、取調べ中であったこともあって、「そういう見解なら勝手に行かれたらどうですか。」と言って議論を打ち切り、電話でのやりとりを終えた。

そこで、牛江検事は、右合意に基づき、同日午後五時過ぎ頃、検察事務官から宮口係長に対し、明日午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間原告と被疑者を接見させるよう電話連絡させた。宮口係長は、牛江検事からの右連絡を具体的指定と受け取り、右連絡を田所巡査部長に伝え、これを受けて、田所巡査部長は被疑者に対し、明日午前中に原告が接見に来ることを伝えた。

8  原告は、前記のとおり、同年一月三〇日午前中に被疑者との接見に赴いた際、被疑者が本件留置場から連れ出されたのを目撃し、結局その際には接見できなかったことから、同年二月五日の場合にも取調べ中であることを理由に接見を妨害されるのではないかと危惧していた。そこで、原告は同月五日、準抗告の申立てを考慮に入れつつ、取調べを口実に被疑者との接見を拒否されることを回避するため、被疑者の取調べの時間を避け、当初の申出の時間よりも一時間早い、同日午前八時三〇分頃、司法修習生二名を連れて東署に赴いた。

同年二月五日午前八時二五分頃から東署員の朝礼があり、中浜警部補もこれに参加するなどした後、午前八時四〇分頃に留置事務室に戻ったところ、原告が被疑者との接見に来ている旨告げられた。そこで、中浜警部補は原告に対し、指定書を持参しているか尋ねたところ、原告は、指定書は必要ない旨答えた。このため、中浜警部補は、捜査主任官の宮口係長に電話し、接見の可否を尋ねたところ、宮口係長は、前日の夕刻に牛江検事から、原告が接見に来たら午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させるようにと連絡があった旨答えた。これを聞いて中浜警部補は、牛江検事が、口頭で具体的指定を行ったものと判断し、原告に対して、牛江検事が午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間接見させると言っているので、少し待って欲しい旨伝えた。しかし、原告は中浜警部補に対し、あくまでも即時の接見を要求するとともに、岡山西警察署にも行かなければならない用件があると言い、中浜警部補も、留置人の日課である朝の運動の時間でもあるので少し待って欲しいと言うなど押し問答となった。その後、原告は中浜警部補に対し、同人の氏名を尋ね、これをメモしたうえ、コーヒーでも飲んでくるかと言って前記同伴者と共に同日午前九時頃、東署を退出した。原告は、同日中には被疑者との接見のために再び東署を訪れることはなく、接見妨害を理由に、同日、当裁判所に準抗告の申立てをした。

9  本件留置場には、留置人のために小規模の運動場が付設されており、被疑者は、同日午前八時三〇分頃、右運動場に他の約二〇名の留置人らと共に朝の日課である運動等をしに行く途中であったが、その際、署員から、原告が接見のために来ている旨声を掛けられた。そこで、被疑者が接見室に向かったところ、事情を知らない別の署員から注意を受けたので、接見に行く旨答えてそのまま接見室に入り、しばらくの間、原告の接見を待っていたが、原告が接見室に来なかったので、再び運動場に戻った。その後、被疑者は、午前九時三〇分頃から本件被疑事件の取調べを受けた。

10  原告は、前記のとおり、同日中に、当裁判所に対し、準抗告の申立てをしたが、その後、牛江検事の上席検察官である宮越検事が原告と電話で話し合い、以後の被疑者との接見を自由に認める旨言明し、右準抗告の申立てを取り下げるよう説得したが、原告は納得しなかった。そして、当裁判所は、同月七日、右準抗告申立てを棄却する旨の決定を行った。その後、原告は、同月八日、一〇日、一二日、二二日、二七日にそれぞれ被疑者と接見したが、これらの接見については、宮越検事の右言明のとおり、直ちに実現した。

以上の各事実が認められ、<証拠略>のうちいずれも右認定に反する部分は信用することができず、他の右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  本件における不法行為の成否について

1  原告は、弁護人等の接見交通権は憲法三四条前段の保障する弁護人依頼権の中に含まれ、「直ちに接見する権利」として理解すべきである旨主張するので、以下この点について判断する。

憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留、拘禁されることがないことを規定し、刑事訴訟法三九条一項は、この趣旨に則り、身体の拘束を受けている被疑者、被告人は、弁護人等と立会人なしに接見し、書類や物の授受をすることができると規定する。この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることはいうまでもない(最高裁判所昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集第三二巻第五号八二〇頁以下)。このように、右接見交通権が、憲法の保障に由来する重要な権利であることから、これを十分に尊重し、これに対する不当な制約、侵害が許されないことは明らかである。しかし、右接見交通権をこのような権利と考えるとしても、憲法三四条前段が、いかなる場合にも「直ちに接見する」ことを保障しているとまで解することはできず、接見交通権をどのような権利として保障すべきかについては、憲法三四条前段による保障の趣旨に基づく合理的な立法政策に委ねられていると解するのが相当である。

2  そこで、刑事訴訟法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とはいかなる場合をいうのかについて検討する。

前記1のとおり、弁護人等の接見交通権が憲法の保障に由来するものであることからすると、捜査機関による接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されず、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならない。そうすると、「捜査のため必要があるとき」とは、現に被疑者を取調べ中の場合、実況見分、検証等に立ち会わせているときなど取調べ中に準ずる場合、正に被疑者の取調べを開始し、又は被疑者を検証に同行しようとしているときなど右場合に準ずる場合であって、捜査の中断による支障が顕著な場合をいうものと解するのが相当である。

3  さらに、接見指定権限の所在について検討すると、捜査は統一的に実施される必要があり、捜査主任官以外の一般の捜査員が各自の判断で接見指定を行うことは、捜査にとって支障となる虞がないとはいえず、このような見地から、捜査主任官に接見指定権を専属させたこと(被疑者留置規則二九条二項)は合理的な制限であるといわなければならない。さらに被疑事件が検察官に送致された後は、被疑者の身柄に関する事項を含む当該被疑事件の一切の権限が、第一次的に当該事件の主任検察官に移るものと解されるから、接見指定権限についても主任検察官に専属し、警察官は独自の指定権限を失うと解するのが相当である。したがって、このような接見指定権限を有しない捜査官が弁護人等から接見の申出を受けた場合には、弁護人等に対し、指定権者を明示するなど接見指定を受けるための手続を説明し、指定権者から直接指定を受けるように要請すれば足りるというべきである。

4  そこで、本件における牛江検事及び中浜警部補の行為の違法性の存否について検討する。

(一)  本件第一次接見妨害について

前記二で認定した事実によれば、本件被疑事件は、昭和六一年一月三〇日以前に検察官に送致されていたことから、被疑者に関する接見指定権限は、主任検事の牛江検事に専属していたものと解されるところ、同日、原告から即時の接見の申出を受けた中浜警部補が、間もなく捜査主任官の宮口係長に電話で問い合わせ、次いで、主任検事で接見指定権限を有する牛江検事に電話連絡し、原告の右申出を伝えたのであるから、接見指定権限を有しない中浜警部補の右行為に違法な点は存しないというべきである。

さらに、中浜警部補から右電話連絡を受けた牛江検事は、東署に電話し、丁度被疑者の取調べが開始されようとしている状況にあることを確認したうえ、原告との間で接見について協議した結果、接見の時間帯とその時間につき合意が成立し、右合意に基づき、牛江検事が接見指定を行い、これを受けて、原告は被疑者と何ら支障なく接見したのであり、このような経過からすると、原告の接見申出は、丁度被疑者の取調べが開始されようとしている時期に行われたものであって、被疑者の取調べ中に準ずる場合に該当し、牛江検事の右接見指定は指定要件を具備する適法なものであるといわなければならない。このことは、右接見申出が初回接見であることを考慮に入れても、右のとおり、原告は牛江検事との合意に基づき、何ら支障なく接見したのであるから、右接見指定が原告の接見交通権を侵害したとは解されない。

(二)  本件第二次接見妨害について

弁護人等が被疑者との接見につき、接見指定権限を有する者に対して予め接見申出を行い、当該接見指定権者との間で、接見の時間帯、時間等の事項につき合意が成立した場合には、捜査機関は、右合意に基づき、被疑者を接見させることを念頭に置いて被疑者に対する取調べの予定を立てたり、又は当初の予定を変更したりするなど、右合意がその後の捜査方針の策定、変更に重大な影響を及ぼすことが十分予想できることからすると、右合意内容が弁護人等の接見交通権を侵害するような不当なものでないと認められる場合には、当該弁護人等が捜査機関に対して右合意を破棄した旨明示して新たな接見申出をし、又は右合意成立後に事情変更が生じたため、右合意内容の時期よりも以前に接見することが、接見交通権の保障のために必要であると認められるような特段の場合を除き、捜査機関側は、右合意によって取り決められた時間帯以外のこれと近接する合理的な時間帯における接見申出を拒否しても違法ではないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記二で認定した事実によれば、原告は、昭和六一年二月四日に牛江検事に電話で、翌日の午前九時三〇分頃に被疑者と接見する旨申し入れ、両者間で協議した結果、翌日の午前九時三〇分から一〇時三〇分までの間の一五分間の接見で合意に達したもので、右合意内容が接見交通権を侵害するような不当なものでないにもかかわらず、原告は、右合意の時間よりも故意に約一時間早く東署に赴いて即時の接見を申し出たものであり、その際、原告は、中浜警部補に対し、牛江検事との接見に関する前日の合意を破棄した新たな接見申出である旨述べることなく、即時の接見のみを要求し、また、右合意成立後に合意内容の時期よりも以前に接見しなければならない程の事情変更が生じた状況もないことからすると、右合意によって取り決められた時間帯以外のこれと近接する合理的な時間帯であると解される約一時間前の接見申出に対し、右合意を根拠に、接見を午前九時三〇分まで待つよう答えて原告の即時の接見を拒否した中浜警部補、牛江検事の行為に違法な点は認められないというべきである。

なお、原告は、牛江検事との間で接見に関する合意が成立したことはない旨主張するが、前記二で認定した事実によれば、同月四日における原告と牛江検事との電話による協議の結果、接見の時間帯とその時間について合意に達した後、具体的指定書の持参の要否をめぐって両者間で議論となり、その際、牛江検事が、具体的指定書がなければ接見できないとの一般論を述べ、更に議論になったが、牛江検事が「そういう見解なら勝手に行かれたらどうですか。」と言って議論を打ち切り、電話でのやりとりを終えたのであり、原告がそれ以前の同年一月三〇日の被疑者との接見の際にも具体的指定書を持参しないままで接見していることを併せ考慮すると、具体的指定書の持参の要否をめぐる右議論における両者の見解の対立をもって、右議論の直前に成立した接見の時間帯とその時間に関する合意まで破棄されたと解するのは相当でない。このことは、電話による右やりとりの終了後間もなく、牛江検事側が宮口係長に対して、右合意内容に沿った接見に関する電話連絡をしていることからも明らかである。

(三)  以上検討したところによれば、本件における牛江検事及び中浜警部補の行為には何ら違法な点は認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

四  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石嘉孝 安原清蔵 太田尚成)

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